大学が連休に入ったある日の午後。
汗の匂いがまだ残る体育館の裏で、俺と亮介は缶コーヒーを片手にだらだらしていた。
俺たちは同じスポーツ学科で、どちらも身体能力だけは無駄に高い。
授業をサボってバスケや筋トレに明け暮れるような、いわゆる“不良大学生”。
成績は底辺、態度も悪い――けれど、なぜか周りからは妙に人気があった。
亮介は常に笑っていて、どこか子どもみたいに好奇心が強い男だった。
何か面白そうなことがあると、すぐに飛びつくタイプ。
俺はそんな亮介に巻き込まれるのが日常だった。
「なぁ、肝試し行かねぇ?」
缶を投げ捨てながら、亮介がいつものように笑った。
「この前、山の中で“人の声がする”って噂聞いたんだよ。どうせガセだろうけどさ」
くだらねぇと思いながらも、俺は結局頷いていた。どうせ他にやることもない。亮介の悪ノリに付き合うのは、もう習慣みたいなもんだ。
俺は親とはほとんど口をきかない。
大学に通わせてもらってはいるが、家に帰るたびに「将来どうするのか」とか「スポーツで食っていけるわけない」だの、説教ばかり。
だから休みの日は、こうして亮介と外に出ていた方がずっと気が楽だった。
一方の亮介は、家にほとんど帰っていないらしい。
「親父とケンカしてよ。今は彼女んち転がり込んでる」なんて笑いながら言うが、その笑顔の奥に少しだけ影が見えた。
俺たちは似たようなもんだった。
居場所が大学にも家庭にもなくて、ただ体を動かして時間を潰してる。
「じゃあ今夜決まりな。山は鬼ノ峰な。あそこマジで出るらしいぜ」
「おいおい、そんなとこ夜に行くバカいねぇよ」
「だから面白ぇんだろ?」
そう言う亮介の笑顔はまるでガキのようだった。
そして夜。
俺はあらかた準備を終えた。
懐中電灯にスマホ、モバイルバッテリー。
それから、念のための水とおにぎり。
亮介が「何かいたら投げつけようぜ!」と言って持ってきたバットと、俺が部屋の隅から引っ張り出した折りたたみナイフもバッグに突っ込んだ。
まるで探検隊の真似事だ。
家の玄関を出ると、夜の空気が冷たくて、虫の声が遠くで響いていた。
時計を見ると午後八時を少し過ぎたところ。
目的地は、町外れにある「鬼ノ峰(おにのみね)」と呼ばれる山だった。
昔から地元では“夜に入ると戻れない”とか、“祟りがある”とか、そんな噂ばかりがついて回る。























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