「死んだことのある幽霊はいない」
そう言ったのはオカルト研究家で、彼はその幽霊当人でもあった。
自分の部屋で幽霊に出会ったという驚きよりも先に、営業の、相手を不快にさせるだけの唐突な質問のような、唐突な言葉の答えを考えてしまっていた。
「無いんですか……?」
「無い。現に俺がそうだからだ」
「死んだから幽霊になったんじゃ」
「死んでない。神隠しだ。知らない森にいたんだ、気付いたら」
会話から始まったせいなのか、恐怖を感じる暇さえなかった。
彼は驚かせたり呪ったりしたがっているというより、ただ、話したくってたまらなかったことを、やっと来た機会の中で語っているだけのように見える。
死んだ幽霊はいないという言葉には、確かに説得力があった。死者にしては、仕草が多い。
「でも、幽霊ですよ? あなたは」
「いいか。ずっとここに居るわけじゃないんだよ俺は。神隠し先からこっちを覗いたり覗かなかったり……」
ちゃんと言葉が通じているというのに、彼は大げさな身振りと手振りだ。孤独な時間が長かったのだろうか。
「そう。あと決まったところしか歩けないんだ。これはきっと霊道の正体に違いない。それと……腹が減るんだ。いや、空腹感というより、ずっと食べてないときの不調みたいなのがある。食べ物はないが、生きた人間の近くにいると調子が戻るから、きっとこれが幽霊に憑りつかれるということだったんだ」
こちらが返事をしなくても、どんどん話が進んでいく。
「そう! 聞かなければならないことがある。お前は俺を知ってるか?」
「まぁ……ニュースで見たんで」
「俺の死体は? 死んでるのは見つかったか?」
「いえ、行方不明らしいですけど……」
「やっぱりか! そう。俺はまだ生きてるんだ。この通り!」
彼は自分の身体をドンドンと叩いた。
俺は幽霊がこんなことをするだろうか、と、ちょっと面白くさえなっていた。
「あの、それじゃあ生きてる人が、うっかり幽霊なんかになっちゃうってことですか? そのまま?」
「そういうことになるだろうな」
「じゃあ、死んだ人は?」
「それは……ちゃんとあの世に行くんじゃないか。考えても見れば、死んだ人が幽霊やるだなんて変だと思ってたんだ。そうだろ? 極楽はともあれ、死んでも地獄に落ちずに現世に残れるんじゃ、閻魔の面目も丸つぶれだ。文字通り、投獄されないんだから。これが別々なら、そんな矛盾もしっかりなくなる」
彼はウチのベッドに腰かけた。遠慮がないというか、なんというか。
ふと部屋の入口に、また幽霊が来ているのが見えた。電気がついてないのでよく見えないが、半透明らしき暗い人影がある。オカルト研究家はさっき、生きている人間の近くにいると調子が良くなると言っていた。
食いぶちに困って、生気を吸いに来たのだろうか。怖いはずの存在を見て、むしろ『イヤだなぁ』と思っていた。
「他の幽霊って、気軽にいるものなんですか?」

























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