スマホに届いたその通知が、すべての始まりでした。
私は数年前に老人ホームで働いていました。
施設の玄関はオートロックになっていて、カードキーを持った職員しか通れない仕様になっていました。
職員がカードキーを使用し、玄関を通過すると専用のアプリに「〇〇通過」という通知が来るのです。出退勤の記録がわりにもなっていましたが、事務所のパソコンからまとめて履歴を確認できるため、私以外の大半の職員はアプリの通知を切っていると言っていました。
ある休みの日、アプリの通知音が鳴り、消音にし忘れていたかと思い画面を見てみると「通過できません」の文字。見たことのない文章に戸惑いアプリを開いたのですが、そんな履歴は残っていませんでした。違和感を覚え、翌日に同僚にも聞いてみたのですが、そんな通知は見ていないとのこと。少しモヤモヤしましたが、特に問題も起きていないためすぐに忘れてしまいました。
それからしばらく経ったある日、夜中にアプリの通知音で目が覚めました。また消音の設定を忘れていたかと思いスマホを手に取ると「通過できません 通過できません 通過できません…」の文字。それも一度や二度の通知ではなく連続で鳴り続けるのです。
私はあまりに不気味な出来事に胸騒ぎがして大慌てで施設に向かい、到着すると火事で大騒ぎになっていました。私はその場で倒れ込み、当夜の記憶は曖昧なままです。
後から警察に聞いた話では、火元は施錠されていなかった給湯室のガスコンロでした。園長は職員の責任だと主張しましたが、実際には鍵は壊れたまま放置され、非常口も荷物で塞がれるなど、ずさんな管理が常態化していたのです。
そして何より恐ろしかったのは――逃げられなかった入居者たちが、オートロックの玄関の内側で折り重なるように亡くなっていたことでした。
自動ドアには煤で黒い手形が無数に残され、私は涙が止まりませんでした。
あの事故の晩の大量の「通過できません」の通知は自動ドアから外に出ることができない入居者の方々の悲痛な叫びだったのでしょうか。
今でも通知音を耳にすると、あの夜のことを思い出し、背筋が冷たくなります。






















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