私は静かな夜に、そっと声をあげる。
この話を語るべきか否か、長い間迷い続けた。
だが、今は違う。誰かが聴くことを望んでいるのだ。
信じなくとも構わぬ。
ただ、まだこの声が私のものであるうちに、書き残しておかねばならぬ。
私は郷土史を学び、古地図を紐解くことを生業としてきた。
幾重にも重なった紙の匂い、時代の擦れた線が私の指をくすぐる。
忘れられた村や消えた道を辿るのは、古の息吹を感じるようで楽しかった。
しかしある日、私はそれまで見たこともない線に気づいた。
幾枚もの地図に、確かな筆跡で引かれた一本の線。
その線は紙の劣化や汚れではなかった。
誰かが「ここに道がある」と信じ、強く引いた痕跡だった。
線は不自然に曲がり、山や谷を避けるように進んでいた。
そして人の気配が途絶えた森の奥で、まるで断ち切られたかのようにぷつりと終わっていた。
どの地図にも、その線に名前は記されていなかった。
唯一、焼け焦げた地図の隅に、ぼんやりとにじむ墨で「かやつ」と読める文字があった。
その瞬間、私の胸は激しく打ち震えた。
なぜだか理由はわからぬ。
ただ、その名をどこかで聞いた気がした。
思い出そうとすればするほど、指先が震え、頭が熱を帯びるようだった。
調査を続けると、周囲の態度が徐々に変化した。
図書館の職員は私の質問を避けるようになり、
長く親しくしていた土地の老人たちも言葉を濁し、笑顔の裏に何かを隠しているようだった。
誰一人として「かやつ」の名を口にせず、
まるで忘れることが必須であるかのように扱われた。
だが私の好奇心は逆に燃え上がった。
どこにあるのか。
なぜ隠されているのか。
誰がそれを隠しているのか。
学問としての探求心だと自分に言い聞かせながらも、
次第に私は何かに取り憑かれたように思えた。

























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