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不思議体験

saboriMAさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

私は運のいい男
短編 2025/10/02 16:57 977view

私は運のいい男だ。
大した大学も出ていないのに、そこそこ大きな会社に就職して、頭のいい綺麗な妻と、可愛い娘に恵まれた。
両親との仲も良好で、大きな悩みもない。友人に困ったこともない。
私は運がいいのだ。

子どもの頃、兄とよく蝉取りをした。
家の前には大人の胸ほどの深さの用水が流れており、その先には近所のおじさんが管理する畑があった。
ただの木の板を渡しただけの簡単な橋を使い、私たちは畑を抜けて林へ向かった。
もちろん他人の畑に勝手に入っていたわけだが、親もおじさんも咎めることはなかった。

その日も私と兄は、いつものように人ひとり分の幅しかない板の橋を渡っていた。

何を思ったのか、私は途中で振り返り、虫捕り網を水平に持ったまま体を半回転させた。
柄が兄の足を掬い、隣で大きな水音が響いた。

濁流に呑まれかけた兄は、必死に淵の雑草にしがみつき叫んでいた。
「誰か!! 呼んで来い!!!」
何度も繰り返す声。けれど私は、目を離せば兄が流される気がして動けなかった。
「早く!!!!」
それでも私は動けなかった。

そこへ細道に車が入ってきた。父の帰宅だった。
私を不審に思った父は駐車もせず車を飛び降り、状況を察すると兄を引き上げた。

「何してるんだ、早く呼びに行けよ」
兄はそう言って私を小突いた。

蝉取りは中断し、家へ戻ると母と幼い妹が出迎えた。
濡れ鼠の兄を見て、母は笑った。

私は運のいい男だ。
もし、あの場所に蔓草が生えていなければ。
もし、兄の体力が足りなければ。
もし、父があの時帰ってこなかったら――。
母が笑うことも、きっとなかっただろう。

そんな夢を見る。
今年で、娘は兄と同い年になる。

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関連タグ: #事故物件#声#夢#橋
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