以前、新潟県北部のFという集落に三日ほど滞在した。古き良き棚田の広がる集落で、ある中年女性に聞いた話。
「(北の方を指差して)あっちの方に山が見えるでしょう?あそこの麓にね、小さな廃屋があるのよね。」
「どのような廃屋ですかね?」
「レンガづくりの洋風の家なのだけれど、もうずっと前から人が住んでないみたいでねぇ。ぼろぼろで蔦も絡まって、特に怖かったのがその家を正面から見た時、二階部分に窓があって、そこに何か立ってそうで怖かったのよね。」
女性が子供の頃、友人数人とその廃屋の手前まで肝試しに行ったことがあるそうだ。しかし、現地に着いた時に一人の友人が動かなくなってしまったのだという。
「そこでみんながどうしたの?気分悪いの?って聞くとね、その子ずっと一人でボソボソ何か言ってるのよ。よく聞くとね、ハイロウ、ハイロウってずっと言ってるのよ。」
その後廃屋に向かって少しずつ進もうとする友人を他の子と共に引きずって無理やり集落の中心部まで帰ったのである。
「もう怖くてねぇ。その子、どうなっちゃうんだろうってみんなここ(集落の中心)の真ん中で固まっちゃったのよ。」
その後、少ししてだんだんと友人は意識がはっきりしてきたようで、彼女含むみんながなぜ廃屋に入ろうとしたのかを聞くと……
「あの窓に呼ばれた気がしたんだ。声が聞こえたとかいうわけじゃないけど、あの窓を見たら、なぜだか入りたくなっちゃったんだ。」
と話した。
「だから私たちはそれからあの家の窓のことを、入ろうの窓って呼んでるんです。」
これ以降彼女はその廃屋に近寄っていないらしい。――――――――――――――――――――――
別の日に中年男性(先程の女性よりも若干若い)に聞いた話。
「(南の方を指割して)あっちの方にずうっと進むとですね、きれーな渓流があるんですわ。昔はそこで友達と沢蟹とったり、まわり探検したりして遊んでたんですがね、あることがあってから行かなくなってしまったんです。」
彼が小学生の頃、悪ガキ達数人と渓流の岸を、上流に向かって歩いて行った時があったらしい。森の中を木の枝や草をかき分けて進むと、打ち捨てられた山小屋を見つけたらしい。
「いわゆるほったて小屋でしてね、丸太でできてて、側面から見たんですがすりガラスの窓が一つだけあったんです。」
探検の成果としてはあまりに大きなその小屋に、意気揚々と少年たち数人は近づいて行った。すると、
ガシャァン!
大きな音がして前を歩く子があっ、っと小さな声を上げる。それを聞いて山小屋を見ると、
「すりガラスの窓にね、男の顔が写ってたんですわ。しかもすっごい苦しそうな顔でね、僕ら、それ見てもう一目散にいつも集まってる渓流の中頃のとこまで逃げたんですよ。」
逃げ帰って周りの仲間を見て、すぐに全員が気づいた。一人足りないのだ。
「灰郎っていうやつだったんですけどね。そいついっつものろったくて動きが遅いやつだったんですよ。だから、少ししたら来るだろってことで待ってたんです。」
しかし、待っても待っても灰郎は帰ってこない。あの小屋の近くに行くのも恐ろしいが、灰郎を見捨てるわけにも行かない。結局、怒られるの承知で家に戻って親と共に山小屋に行くことになった。
「結論から言うと、灰郎は山小屋の中にいたんですわ。山小屋の中には窓に写った男もいないし、山小屋の中にはちっさな暖炉と、木製の安楽椅子が一つと、少しの薪があるだけで、なにか目立ったものがあるわけでもなかったです。そんなかにぽつぅんと灰郎がたっとったんです。でも完全に精神が抜けたって感じでしてね。何言ってもうぅんとか、あぅん、とかしか返さなくて、結局、灰郎の家族もあいつを連れて集落を出て行ってしまって、あいつがどうなってるのか、今もわからんのです。」
そして彼は、灰郎を見つけた時の帰りに、友人からこっそりと聞いたのだと言う。
「俺、見えたんだ。さっきちょっとあの小屋振り返ってみた時、窓の内側に灰郎が立ってたんだ。悲しそうな顔でこっちみてたけど、灰郎は横にいたし、怖くて言えなかった。」
それから彼らはその窓のことを灰郎の窓と呼んで、近づかなくなったらしい。
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私の何年もの取材経験の中で、同じ名前の、内容の違う話を聞くと言うのは今のところこれが最初で最後である。しかも同じ集落内で、だ。この集落内では彼、彼女の友人である人から同じ話を聞いたが、共通するのはどちらも、もう一つの「ハイロウの窓」の話を知らない、と言う点である。世代も、性別も、怪談の起きた場所も全て違う。しかもその名前は仲間内でのみ使っていた名前であるとどちらのグループの人物も証言している。これは若い男性のグループが、先に体験された「ハイロウの窓」の名前だけをどこかで聞いて、そのまま使った。と言うのが最もあり得る話だろう。しかし、本当にそれだけなのだろうか?この集落の南北にある二つの廃屋、その二つの窓になにか、私たちが到底知ることのできないような繋がりがあるのかもしれない。北の廃屋には実際に夜間に行ってみたものの、特に何も起きなかった。また、南の廃屋は道のりがあまりにも危険であったため、訪れることは叶わなかった。























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