「この子はいけない」
私の母の知人の原さん(仮名)は、第一子目を妊娠したときに、そう思ったのだという。何がいけないのかは原さん自身にもわからなかったが、堕胎を考えるほどだったそうだ。
しかし、いわゆるマタニティブルーだと片付けられ、不安な気持ちのまま、出産した。子どもは男の子で、聡(仮名)と名付けた。
いざ産んでみると、不安が嘘のように消え、聡くんもすくすくと成長した。
ところが、聡くんが小学校五年生のときに、悲劇が起きてしまう。
聡くんが、猫を追いかけて道路に飛び出した男の子をかばって、亡くなってしまったのだ。
原さんとしては、筆舌に尽くしがたいほど悲しい出来事だった。
不幸中の幸いと言えるのかどうかはわからないが、聡くんがかばった男の子、仮に裕太くんには、傷一つなかった。
だが、そのことを報告されただけで、裕太くんの両親からは、謝罪も感謝の言葉もなかったのだという。
そのことが、原さんをさらに悲しみのどん底に突き落とした。
原さんにとっては、耐えがたい出来事がそれからも続いた。裕太くんは聡くんと同じ学校の二年生だったのだが、裕太くんが、大問題を起こしたと学校で噂になったのだ。
なんでも、野良猫を何匹も殺した、という話だった。
ということは、事故のときに猫を追いかけていたときも、殺すために追いかけていたのか……原さんは、そう思うとやりきれない気持ちになった。
「聡、あなたが助けた裕太くんはいい子じゃなかったみたい……」
聡くんのお墓参りをしたとき、お墓に向かってそう言って、原さんは泣いた。
「生まれちゃいけないのは、裕太くんだったんだよ」
ふと、そんな言葉が聞こえてきた気がした。それは、間違いなく聡くんの声だったという。
それからすぐに、原さんに裕太くんの母親から手紙が届いた。
「裕太は、生まれるべきではない子どもだったんです。妊娠したときに、この子は産んだらいけないと思いました。猫殺しも事実です。あのときの事故で死ぬべきなのは裕太でした。本当にごめんなさい」
手紙はそんな内容だった。原さんは、妊娠したときの気持ちの奇妙な一致に、心底ゾッとしたそうだ。
裕太くんは、その後転校していって、どうしているのかはわからなくなった。
「あなた、小説を書いているんだってね。このことも、うまく小説にして、できるだけ広めてね」
話の最後に私にそう言ってきた原さんの表情は、まるで鬼のようだった。

























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