これは4、5年前の秋頃に体験した話です。
当時、僕は小さな店舗でお菓子の販売員をしていました。繁忙期以外は基本的に一人で営業しており、店の入り口は外の景色が見えるガラス扉でした。暇な日には、〝誰かお客さん入ってきてくれないかな〟と思いながら外の景色を眺めて過ごしていました。
ある日の夕方、客足も少なくなり、僕は店内で一人、作業をしていました。すると、入り口の外に人影が見えました。〝もしかしてお客さんかな?〟と思い、外の方に視線を向けましたが誰もいません。気のせいかと思い、視線を戻した瞬間、また人影が視界の端に映りました。少し驚いて、視線はそのままにしてその人影に集中すると、長い黒髪に白いワンピースを着た女のように見えました。
〝何かいる…〟と思い、もう一度視線を入口の方に向けるとやはり誰もいません。気味が悪いと思いながらも気にしないようにして作業を続けていると、その女はいつの間にか視界の端からいなくなりました。
その日の仕事を終え、バイクで帰宅途中のことです。時間は午前0時を少し過ぎた頃だったと思います。人通りの少ない細い道を走っていると、急に湿った木のような匂いがし、それと同時に左腕に妙な違和感を覚え、腕に視線を向けると、真っ白な手が僕の二の腕を掴んでいました。驚いて急ブレーキをかけると、その手はフッと消えました。同時に、店で見たあの女のことが頭に浮かび、不安な気持ちになりながらも、その夜は何とかバイクを走らせて帰宅しました。
それから数日間は特に何事もなく過ぎていきました。ですが、ある日の夕方、再び店で一人、作業をしていると、またもや視界の端にあの女が映り込みました。そして今度は店の入り口に立っているのです。ゾッとしながら視線を女の方に向けると、やはり姿は見えません。でも、視線を戻すと入り口前から動かないものの、あの女が視界の端に映り続けています。気にしながらも作業を続けていると、突然、女はスッと視界の端から消えました。安心した反面、また帰宅途中に何か起こるのではないかと不安になりましたが、その夜は何事もなく無事に帰宅できました。
しかし、翌日から、一人で作業していると、あの女が視界の端に映るようになったのです。そして、気付いてしまいました。女は日に日に立っている位置を変え、少しずつ、しかし確実に僕の方へ近づいてきているのです。さらに、考えすぎかもしれませんが、女を見るようになってから、怪我や、小さなトラブルが頻繁に起こるようになっていました。恐怖を感じた僕は、思い切ってお祓いを受けることにしました。
そして、お祓いを受ける前日の夜のことです。仕事を終え、帰宅のためにバイクを走らせていると、前と同じ湿った木のような匂いがしました。〝この匂いは〟と思った瞬間、耳をグイッと引っ張られるような感覚とともに、バイクがスリップして転倒しました。幸い、擦り傷と捻挫だけで済み、周囲に迷惑をかけることもありませんでした。ただ、このとき僕は、あの女がもう手の届くところまで近づいていると感じ更に怖くなりました。
翌日、お祓いを受けるため、住職さんに会いに行きました。住職さんは僕を見るなりこう言いました。「なるほど。最近大変だったでしょ?でも、もう大丈夫なんで安心してください。」その言葉を聞いて安心し、これまでの出来事を住職さんに話しました。すると住職さんが、「見えたのは一人だけですか?」と僕に聞いてきました。〝え?〟と思いながらも、「黒髪の白いワンピースを着た女の人だけです。」と答えると、住職さんは、「実はもう一人、着物を着た女性もいますよ。」と言いました。
その言葉に僕は少し混乱ながらも、その着物の女は見たことがないと伝えました。すると、住職さんは、「僕さんはこういったものを見るタイプの人のようですから、見えてしまったことで興味を持たれたみたいですね。」と言いました。
正直、その着物の女の姿をどこかで見た記憶もありませんでしたが、こうした不思議な体験をたびたびすることがあったので、興味を持たれると言うことに少し納得しました。そしていよいよ、お祓いをしてもらうことになったのです。
お祓いが始まると、住職さんは力を込めるように念仏を唱え始めました。僕は目を閉じ、手を合わせながら、心の中で〝僕には何もできんから早く離れてくれ!〟と祈るように念じてました。すると、途中でまたあの匂いがしてきました。〝近くに来てる〟と思った時、住職さんが念仏を唱えながら何かで僕の体を叩いたり、払ったりしました。そして、それを数回繰り返していました。すると体にぶら下がっていた重りがスッと取れたように、体が軽くなったのを感じ、そしてなぜか〝もう大丈夫〟という感覚になりました。
お祓いが終わると住職さんはニコッと笑いながら「お疲れ様でした。これでもう大丈夫です。また何かあれば相談しに来てください。」と優しく声ををかけてくれ、その後、お礼を言って帰宅しました。
しかし、その夜、僕は不思議な夢を見ました。夢の中で、働いていると、あのワンピースの女が店の入口の扉を開けて中に入ってきました。ドキッとしましたが、初めて女の顔をはっきりと見ることができたのです。女に見覚えはなかったのですが、寂しそうな表情をしていました。女はゆっくりと歩いて僕の方へ向かってきました。そして僕の目の前で立ち止まると、数秒ほど僕をジッと見つめてから、くるっと向きを変え、ゆっくりとお店から出て行きました。
そして僕は目を覚ましたのですが、あの女の寂しそうな表情を見るとなんとも言えない気持ちになったのを今でも覚えています。
それ以来、あの女の姿は一切見ることはなくなり、嘘みたいに怪我やトラブルもなくなりました。そして夢については、単なる僕のトラウマや潜在意識が見せたものなのかもしれません。
ただ、僕の中で疑問に残っていることがあります。
それはワンピースの女が店に現れた時は湿った木のような匂いが全くしなかったことです。
あの匂いはもしかすると着物の女のものだったのでしょうか?それともワンピースの女が現れた時はたまたま匂いを感じなかったのか…
その理由は今も分からないままです。
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