その時には彼の視界は首から下までを捉えていた。
そこで前嶋は総毛立つ。
白いトレーナーから覗く首筋も手足も、どす黒く筋張っていた。
すると前嶋の目前に手がスッと差し出される。
そして一枚の紙切れがポトリと彼の膝上に落とされる。
次の瞬間、前嶋の体は自由を取り戻した。
すぐに辺りを見渡したが、その時には人の姿はなかった。
それで彼は膝上にある一枚の紙切れを手に取り広げてみる。
それは色褪せた古い新聞紙の切れ端。
昭和58年7月○日の社会面の記事の一部だった。
内容は、
その日午後未明、F市郊外にある集合団地の一室で男女二名の白骨化した遺体が発見された。
二人は首を吊った状態で発見され自殺と思われ、男性は印刷所を営む國枝卓さん(43)、女性は妻の美奈子さん(35)と思われる。
夫婦の間には市之助くん(10)という子供がいるのだが未だに行方不明であり、警察は行方を探しているというものだった。
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前嶋は翌週の日曜日、午後から車で出かける。
目的地は隣県F市の郊外にある市営団地。
そう彼が住んでいたところ。
その日は朝から空には不穏な雲が立ち込めていて、雨が降ったり止んだりの天気だった。
F市に入り南北に走る国道を半時間ほど北上すると、山あいに懐かしい光景が見えてくる。
整然と並ぶ灰色の棟たち。
━ちっとも変わってないな
フロントガラス越しに見ながら前嶋は思う。
車が敷地内に入ると同時に、緩い雨が振りだした。
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彼は適当な片隅に車を停めると、傘をさし歩きだす。
























こんなに感動したものは初めてです。
名作じゃんけ。
コメントありがとうございます
─ねこじろう