私の叔父は船乗りでした。
若い頃は、大きな客船の船長もして、世界中をまわっていたようですが、私が生まれた頃にはもう歳をとっていて、大きな船を安全に入港させるための曳航船に乗っていました。
長年留守が多かった仕事ですが、曳航の仕事になってからは穏やかでゆっくりした暮らしとなり、叔父も叔母も幸せそうでした。しかし、二人に会うと決まって、寂しそうに船乗りは陸(おか)に上がると長生きしないから、というのです。今も半分陸に上がったようなものだから気をつけなくちゃね、と。
何年かが過ぎて、叔父は曳航の仕事も定年退職することになり、ささやかなお祝いを親族でしました。
「これからはのんびりできますね!夫婦で旅行でもゆっくり行くんですか?」
ときくと、
「そんな旅行なんていって疲れたり、いつもと違うものを食べて体調を壊すわけにはいかん。若い頃、世界中まわったんだ、もうどこに行く必要もない。」
と不機嫌そうに言います。
好きだったお酒も身体に悪いから、と頑なに飲まなくなっていました。
「義兄さん、ちょっと大丈夫かな」
その様子をみながら父が心配そうに眉をしかめました。
翌日からの叔父の生活は几帳面そのものでした。
船に乗っていたときと同じように早朝5時には起き、乾布摩擦に体操、神社まで軽くジョギングして、長生きをお祈りします。朝食は減塩の和食。間食はせず、新聞を読み、脳トレをして、碁会所にいき、風呂に入り、ストレッチをして、寝る。揚げ物は食べない、菓子も食べない、酒もタバコも夜更かしもせず、漢方を飲み、鍼灸に通い、紅茶キノコやらヨーグルトやら青汁やら身体に良いとされるものはお金に糸目をつけずとっていました。。
そうしてちょうど半年が過ぎたある日。
ジョギングから戻った叔父は少し休むとソファに横になったきり、もう目を覚ましませんでした。
葬儀で叔母は、「船乗りは陸にあがると長生きしないから」といいながら、、泣きじゃくりました。
叔父の職場の先輩たちも皆、定年すると半年から1年の間くらいに同じようにぽっくり亡くなっていたのだそうです。
海の上と陸の上で環境が違うから、ずっと波の上にいたのに陸の揺れない地面の上で調子が狂うから、緊張感がなくなってぼけてしまうから、、色々なことをいう人がいるそうです。
でも、今思うと何年も何年もかけて、「船乗りは陸に上がると長生きしない」という呪いを、自分たち自身でかけてしまっていたのではないかと、思うのです。健康のためのあらゆる努力も、強迫観念に裏打ちされたものならば、効果よりもストレスの方が大きかったでしょう。
信ずるものが救われるのなら、
畏れるものは陥れらるのかもしれません。
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