クローゼットに棲む女
投稿者:黄泉川 零 (3)
数年前、友人のTからこんな話を聞いた。『クローゼットに棲む女』という話である。
いわゆる都市伝説系のもので、『クローゼットに棲む女』という話を三回読むと死ぬ、といった内容だったと記憶している。
いかにもよくありそうな、まさに都市伝説といった感じの話だが、実はそれだけでは終わらない。
正確には、違う『クローゼットに棲む女』を三回読むと死ぬ、なのである。
友人曰く、『クローゼットに棲む女』という話を読んだら、また別の『クローゼットに棲む女』が現れ、そしてそれを読むとまた新しい同名タイトルの話が出てくるのだそうだ。
つまり、同じ内容のものを何度読もうと死ぬわけではない、ということである。
これは面白い話を聞かせてもらったと思い、その晩すぐにネットで検索したのだが、出てきたのは実際にクローゼットで生活していたという記事ばかりで、翌日になっても新しい話が出てくることはなかった。
まあ、そう都合よく奇妙な体験が得られるわけもないかと、その時はあっさりと諦め、ひとつのユニークな都市伝説として記憶の片隅に仕舞い込んでいた。
ところが先週、ふとTの話を思い出し検索してみたところ、ある怪談投稿サイトがヒットした。
タイトルはもちろん『クローゼットに棲む女』で、数分で読み終えられる程度の短編だった。
(ちなみに、Tから聞いてすぐに調べた時は「住む」で検索していたが、この時は「棲む」という字で検索した。Googleの検索は字が違っていても見つかることが多いので、関係があったかどうかはわからない)
その内容はあるアパートで一人暮らしの女性が、深夜クローゼットからの異音に悩まされる、というものだった。
題名通り音の原因はクローゼットに棲む女の怪であり、爪でクローゼットの内側を引っ掻くような音、すすり泣くような音、あるいは「ここで殺されたの」というふうに聞こえる女の声のような言葉などが、日ごとにエスカレートし住居者に襲いかかる。
文章は簡潔ながらも的確な筆致で、静かな恐ろしさのある怪談だった。
本当に、これがTの言っていた都市伝説なのだろうか。私はその渦中に巻き込まれてしまったのだろうか。判断のしようがないまま、私はしばらく呆然としていた。
そして見落としていたことに気がついた。投稿者の名前である。
読んだ部分をスクロールして戻ると、タイトルの下にひらがなで「いち」とあった。これが名前だったのだ。
だが、名前以外の情報はないに等しかった。他の投稿作品もないし、プロフィールにもなにも記載されていない。
そこで私は考えた。
この「いち」というのは、「ひとつめ」という意味ではないだろうか?
であれば、ふたつめの『クローゼットに棲む女』の投稿者は、「に」になる。
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