神ではないもの
投稿者:きのこ (5)
——怖い……足が動かない……!
どうしたらいいか分からずにパニックになりかけた時、突然後ろから、ドンっと押された感じがして、勢いよく畑に転がり落ちた。
「おい! 大丈夫か?」
何も知らない父の驚いたような声が聞こえたが、急に動けるようになった私は、急いで家の方へ走った。途中で一度も振り向かなかったので、父がどんな顔をしていたのかは分からない。
しばらくしても震えは止まらなかった。
まるで高熱が出た時のように身体は力を失って、先ほど見たものが普通の霊ではないことが分かる。小屋の中にいたものには関わらない方が良いと感じたので、誰にも話さず、探検の後で興奮していたから何かいる気がした。と自分に言い聞かせた。
あまりにも恐ろしかったので、全部気のせいだったことにしようと思ったのだ。
小屋の中にいたものは、荒神様なんてまともなものではない。
親戚が何人も怪我をしたり、病気になり、亡くなる人も出たのがよく分かる。
あれは、絶対に関わってはいけないものだと思った。
大人になった今でもあの時のことを、たまに思い出す。
そして祖父は何故、荒神様として祀られていた黒い岩ではなく「小屋へ近づいてはいけない」と、言っていたのだろうと考える。
もしかすると霊感がある祖父は、何かを知っていたのかも知れない。小屋に近づいていいのは祖父と、血の繋がりがない父だけだった。
もし、あの時畑にいたのが父ではなく祖父だったら、私が小屋の入口の前に立つのを許さなかったかも知れない。
人間という生き物は、楽しかったことや、嬉しかった気持ちよりも、嫌だったり辛かった記憶の方が残りやすい。とテレビで特集されていた。
そして私は、生きているものを目にした時よりも、人ならざるものが視えてしまった時の方が、記憶に残りやすい。忘れたくても、おそらく永遠に消すことができない記憶だ。
子供の頃は恐ろしさもあって、あの小屋で視た何かは気のせいだ。と自分に思い込ませたが、大人になってあの時のことを思い出す度に、ふと思う。
気のせいならば何故、白っぽいベージュの着物を羽織った若い男性が、疎うとましいと言わんばかりの表情かおで私の方を見つめていた、と詳細に覚えているのだろうと。
記憶はまるで写真のように、脳裏によみがえる。
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