首人形
投稿者:セイスケくん (14)
これは、埼玉の古い商店街に住む遠山さん(仮名)から聞いた話だ。
彼が育った町は、一昔前に流行ったという呪物の噂がいまだに根強く残る場所だった。遠山さんがその話を初めて耳にしたのは、小学校の頃だと言う。「夜の校舎裏に立てば何かが見える」とか、「誰々の家に封じられた祟り物がある」などと子どもたちの間で囁かれていたが、大抵は嘘や誇張だった。それでも一つだけ、親たちもその話を口にすることがないという噂があった。
その物の名を「首人形」と呼ぶらしい。首と胴体が別れている人形で、持ち主の死後も動き回り、かつての主人を探すという代物だ。その人形が現れると不幸が続き、ある者は精神を病み、またある者は命を失うとされていた。小さな町の奥の奥、一般の人が踏み込むことのない裏路地に入っていけば、今でもその首人形が封じられた古びた蔵があるのだと囁かれていた。
当時、遠山さんは親に決してその蔵の方へ行くなと厳命されていたが、年頃の少年にとって禁じられた場所ほど魅力的なものはなかった。その蔵へ続く道は、まるでそこだけ時間が止まったような陰鬱さを漂わせていた。昭和初期に建てられたという木造の家が軒を連ね、ほとんどの家屋は雨風に晒され、色褪せている。そこには住人の姿はなく、ただ建物だけがいつまでも静かに佇んでいる。
ある夏の夜、友人たちと肝試しをすることになり、誰からともなくその蔵を訪れることが提案された。集まったのは、学校でも悪戯好きで知られる仲間たちだ。「どうせ作り話だろう」と誰もが口では言いつつ、内心では微かに怯えていた。
夜更け、懐中電灯の弱々しい光を頼りに、彼らは裏路地を進んでいった。真っ暗な商店街には、かつては賑わっていたと思われる店の看板がうっすらと姿を現し、まるでこちらを睨みつけているかのようだった。その中に、不意に現れた一軒の木造の蔵が目に飛び込んできた。まわりは無数の札で覆われ、まるで外から見えないように封印されているようだった。
友人たちの一人が「ほら、ただの蔵だよ」と笑いながら札を剥がそうと手を伸ばした。だが、その時、不意に風もないのに札が一斉に揺れ始めた。まるで、誰かの手でゆっくりと引っ張られているように見えたという。遠山さんたちはその場で凍りついた。
「帰ろう」と誰かが囁きかけたとき、ふと蔵の扉がギシリと音を立てて開いた。その奥から、何かを覗き込むような視線が感じられた。彼らは恐怖のあまり立ち尽くし、何も見えない暗闇の向こうに、不意に薄ぼんやりと浮かび上がる何かを見た。それは人形だった。けれども、頭が胴体の上にない。首がずれて、床の上に転がっているように見えたという。
誰かが叫び声をあげ、次の瞬間、全員が逃げ出した。誰も振り返らず、ただ全力で走った。遠山さんは、息も絶え絶えに仲間たちと共に自分の家に逃げ込んだ。家に着くと、彼の母親が驚き、すぐに蔵へ行ったのかと問い詰めた。その口ぶりは真剣で、何か知っているようだった。しかし彼女はそれ以上を語ろうとせず、「忘れなさい」とだけ告げた。
その日以来、遠山さんはしばらく体調を崩し、夜になると眠れなくなった。毎晩、夢にあの人形が出てくるのだ。人形は首がないまま、無表情にこちらを見つめている。そして、しばらくするとどこかでカタカタと首が転がる音が聞こえてくる。その音がだんだんと近づいてきて、彼のすぐ目の前で止まるのだ。
耐えられなくなり、遠山さんはついに地元の寺へ相談に行った。話を聞いた住職は表情を曇らせ、しばらくの沈黙の後、首人形について語った。その人形は、かつてこの町に住んでいた陰陽師が自らの死後、守り神として遺したものだという。だが、それは守るどころか次第に暴走し、持ち主の家族に不幸が続き、ついには町中が呪われる事態になった。そのため、町の者たちは一致団結して封じ込めたのだという。
遠山さんは、何度も寺で祈祷を受け、やがて夢に出てくることはなくなった。だが、町には噂が絶えない。今でも時折、蔵のそばを通りかかると、夜の静けさの中、カタカタと首が転がる音が微かに聞こえることがあるという。
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