発狂する黒い煙突━全ての働く方々へ━
投稿者:ねこじろう (147)
それからカビ臭く殺風景な室内に一人残された澁谷がデスクに座り、一つ大きくため息をついた時だ。
背後に人の気配を感じ何気に振り返ると、はっと息を飲んだ、
整然と並ぶ書棚奥の暗闇から、ぬっと男が現れた。
それが田中さんだった。
くたびれたワイシャツと黒のスラックス姿で、全体に細身の体躯をしている。
七三に分けた黒髪には艶がなくチラチラ白髪が光っており、その顔は骨張っていてまるで骸骨を思わせた。
田中さんは無言で澁谷の傍らに立ち「ようこそ、この世の楽園へ」とボソリと呟きニヤリと笑うと、隣のデスクに座った。
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田中さんは澁谷が配属されたずっと前からここで働いているということだった。
「こんな昔のファイルの訂正にどんな意味があるんですか?」
澁谷がデスクに積まれた古びたファイルを横目にしながら呆れたように言う。
すると隣に座る田中さんは目の前に開いたファイルから視線を外さずに「恐らくないだろうな」と一言呟いた。
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また別の日に田中さんは澁谷にこんなことを教えてくれる。
澁谷がここに来る前にも3人の社員がここに配属されてきたらしい。
だが一人はすぐに依願退職しもう一人は精神を病み、そして最後の一人は失踪し市北部にある住宅街外れにある丘の上で変死体で発見されたそうだ。
「変死体?」
物騒な単語に澁谷が聞き返すと、田中さんは死んだ魚の目で彼の顔を見るとこう言った。
「ああ、頭蓋骨は陥没。
臓器のいくつかは破裂して、体中のいくつかの骨は複雑骨折していたそうだ。
まるで高いところから落ちた人のように」
オカルト的な怖さより普通の人が正気を失って行く様がとても怖い。それが戦時下であれ企業であれ平気で追い詰めて行く人の存在はもっと怖い。