H奈はそれを聞いて、でも無視していいことにはならないとY下さんを嗜めたらしい。するとY下さんは怒ったんだって。
「あなたには分からないと思うけど、急に馴れ馴れしく下の名前で呼ばれて、いい気持ちなんてしないよ。そんなに親しくしていない相手に「ちゃん付け」されてもさ。それにあんな意味もなくニコニコされても、こっちは嫌悪感しか抱けない。そんな人に普通の対応なんて出来っこないでしょ！」とY下さんはまくし立てた。
H奈は一言、そんなに冷たい子だとは思わなかったと言って、Y下さんに絶交宣言したんだって。
二人はあれ以来、口を利かなくなった。
そして高校、大学を卒業して、社会人になった時、ようやくH奈はY下さんの気持ちを理解したという。
聞くと会社で、ある同僚がAと同じようなことをH奈にしてきたそうだ。その同僚は急にH奈ちゃんと下の名前で呼んできた。
仕事に関係ない話を聞いてきてはずっとニコニコしていたそうだ。
なにかとH奈に話しかけてきては、そのあと他の同僚となにかを話していたというのだ。H奈の顔を見ながら。H奈が歩いていると視界の隅に何かが映った。その影を目で追うと、そこにはニコニコしている同僚が立っていたという。同僚は何をする訳ではないが、ニコニコしてH奈を見ていた。
たまにどうでもいいことをH奈に話しては、そのあと別の同僚（男）と話してまた仕事に戻る。その同僚はただひたすらニコニコしながら、H奈に話しかけてくるーーの繰り返しで、H奈は精神的に参ってしまった。
なので同僚が話しかけてもH菜は無視するようになった。無視を何度かするようになって周りから、特に女性陣からは感じの悪い人認定をされてしまい居づらくなり、そこの会社を退職してしまったとのこと。
あの時は誰かに同僚のことを相談する気力もなかったし、周りの人が全て敵に見えたんだって。
同僚に何かされた訳でもないので相談しにくかった。
正直、ただニコニコされて話しかけられても同僚に対して良い感情を抱くことはなかった、だからどう対処すればいいのか分からなかったって。
転職活動をしている間、ずっとY下さんのことを考えてしまい後悔していたと打ち明けるH奈は涙目になっていた。
うちの従姉妹も無愛想だけど、こういう理由があったのかもしれないと内心思った。
私はチラッとAを盗み見た。
AはAの友人達に囲まれてニコニコしていた。
この話、第三者からだと、ただ男性が女性にニコニコして話しかけてきているだけにしか見えないかもしれない。
何もされていないのだから、害を与えてこないのだからって、何をそんなに警戒しているんだろうって。
私だって思った。
この話を従姉妹に話して、M下さんとH菜は何をそんなに怯えていたのか分からないって言ったんだ。そうしたら従姉妹に怒られてしまった。
徐々に仲良くなる過程を飛ばして、いきなり下の名前、しかも「ちゃん付け」で呼ぶなんて失礼だ。
お互い知っていく上で色々理解しあってから名前の呼び方が変わるのに、それを飛ばしていつの間にか近くに寄ってきて何か話しかけては去っていくって一方的すぎる。一方的な接し方をして、ずっとニコニコしているなんて気味が悪い。
そして友人とコソコソ話しているとか感じ悪い。その男達はシカトされて当たり前だ。
こういうのを男性は軽んじる。あと女性もこの不気味さを理解していない人が多いって。
距離感が近くても平気な女性やあしらい方が上手い女性もいるけれど、そういうのを警戒したりストレスを溜める女性もいるってことを知って欲しいと従姉妹は嘆いていた。
その女性によって接し方というのは違うと分かって欲しいとも言っていた。
そう言われると、そうだなと私は反省した。
ニコニコしてくるのは、好意的に思ってくれているんだから別にいいじゃないかと思ってしまった。
ごめんなさい。
女の身勝手さが怖い