板倉浩司には何もない。
投稿者:とくのしん (65)
家の中を片付ける気にもなれず、二人が亡くなったまま手つかずになっていた。そんな生活が1ヵ月程続いたある日、寝室の棚にあったノートを見つけた。それは美穂の日記であった。浩司は思った。きっとこれには自分に対する恨みつらみが綴られているのだと。
仕事を言い訳に家庭を蔑ろにしてきた自分への罰だと・・・それを受け入れるべくノートを開いた。
そこには浩司への感謝が綴られていた。見合いから結婚、出産、育児の毎日。大変だけど浩司と結婚できたこと、彼が凄く不器用な人間だけど、本当は心優しい人だということ。美穂にとって浩司がどれほど素敵な夫なのかということ、浩司との間に生まれた咲がどれほど愛しいかが書き綴られていた。
それを読み、浩司は自身がどれほど愛されていたかを理解した。と、同時にそんな美穂がもう戻ってこない現実を突きつけられ、自身も後を追うことを決意した。
せめて死んで二人のもとへ行こうと彼は樹海へと向かう。樹海に入り、浩司は奥へ奥へと進んだ。先にここに入った自殺志願者のものであろうか、多数の遺品が落ちていた。そこで生活していたのかテントもあった。正常であれば不気味で近寄れないような場所であるが、死を覚悟した浩司にはそんな感情はついてこなかった。
樹海に入りしばらく徘徊を続けていたが、いざ死ぬとなるとなかなか踏ん切りがつかない。あたりは薄暗く、来た道を戻ろうにもあてもなく歩いたため戻るに戻れない。仕方なく近くにあった無人のテントで一夜を過ごすことにした。
あたりは真っ暗になり、浩司は持参したランタンに火を灯した。灯りを眺めながら、もう一度死ぬことについて考えた。生きていても仕方ない・・・そう思いながらスマホに残る家族写真や美穂と咲の写真を眺めていた。涙が止まらなかった。どれほど想っても二人は戻ってこない。その辛さ悲しさ空しさが、浩司を絶望へと進ませた。
浩司が悲しみに暮れていると、テントの外から足音が聞こえた。その足音は段々と自身がいるテントにまっすぐに向かってくる。怖さは無かった。真夜中の樹海のなかで自分に迫る足音など恐怖の何物でもないが、今の浩司にとってそれは重要なことではない。もし、仮に自分を殺そうと向かってきてるのであれば、死ぬ手間が省ける・・・そんなことを思いながら自身に向かってくる足音に耳を澄ませていた。
テントの入り口が空くと、20代半ばくらいの男性が顔を覗かせてきた。
「あ、これ僕のテントなんですけど」
男性は飄々とそう浩司に声をかけた。浩司は申し訳ない、無人かと思ってと返答し、テントを出ようとしたが、男性が浩司を引き止めた。
「一応聞いてもいいですか?自殺志願者の方ですよね?僕もそうなんですけど、よかったら少し話しませんか?」
と。
二人は自殺を考えたまでの経緯を語り合った。男性の名はリョウタ。
仕事に行き詰まり、人間関係に悩み、好きだった女性に裏切られたことで自殺を決意したという。何をやっても上手くいかない、そんな人生に疲れたとリョウタは言った。
浩司も自身のこれまでを語った。リョウタは真剣にその話を聞いていた。話終えたとき、リョウタがポツリと浩司に言った。
「浩司さん、あなたは死んじゃいけない気がする」
しかし浩司の耳には届かなかった。
その後、二人は首を吊るための木を探した。ロープを掛けるに良さそうなふと太い枝を持つ木を見つけ、二人は協力してロープをかけた。話し合いの結果、先に浩司が逝くことにした。浩司は自分の首にロープを掛けた。自身の足元にある台をあとは蹴り飛ばすだけ・・・最後にリョウタにお礼を言った。
「リョウタさん、最後にあなたと話せてよかった。家族が待っているから先に逝きます。ありがとう」
その言葉にリョウタはこう返したという。
「浩司さん、今あなたの目の前に何が視えますか?」
その言葉の意味がわからない浩司は、視線をリョウタから足元へと移した。そこには無数の手が地面から伸びていた。まるで自殺する浩司を引き込まんとするかのように。
その光景を目の当たりにして思わず絶句したという浩司。そして直感した。ここで死ねば美穂と咲には永遠に会う事はできないこと、二人とは別の場所に行ってしまうことを理解したという。
「死んでも楽になんてなれませんよ。だからね、浩司さん。あなたは死んじゃいけない。僕のように死んじゃだめだ」
素敵なお話でした。
怖くないよ。感動しました。
泣きそうになった。
どんなに辛くても生きていかなきゃ行けないってはっきりわかんだね