板倉浩司には何もない。
投稿者:とくのしん (65)
そうリョウタは言い放ち、浩司を思い切り台から突き飛ばした。思い切り後方に倒れ込み背中を強打したことで大きく咳込んだ。顔を上げると無数の手が迫っていた。リョウタの姿はそこにはなかったものの、迫りくる無数の手から逃れるために浩司はその場から逃げた。
力の限り走った。方向なんてわからない。当てもなくただひたすらに走った。そうして体力の限界を迎えた浩司はその場にへたり込んだ。自殺を考えてからろくに飲まず食わずの生活を送ってきたこともあり、意識を失ってしまった。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけてきたのは地元のNPO団体。自殺志願者を思いとどまらせるために樹海で活動している団体だそうだ。団体に保護された浩司は、これまでの経緯と樹海での出来事を語った。
「荒唐無稽な話だと思いますが、私は一人の青年に自殺を思いとどまらされた」
NPO団体の一人がその話を聞いて浩司に語り始めた。
「樹海に死に場所を求めてくる方は多い。私も嫌というほどそういう方を見てきた。でもね、あなたのように思いとどまる方も多いのは事実。あなたは過去を悔いて自ら死を選ぼうとした。もしかすると自ら死を選んで後悔している人も決して少なくないのかもしれません。あなたはそのような方に救われたのかもしれませんよ」
その言葉を聞いて浩司は頷いて、一言呟いた。
「私は一人ぼっちになったと思っていたけど、こうして色々な方に話を聞いて貰えて少し救われた気がする。まさか幽霊にまで話を聞いて貰えるとは思ってもみなかったけど」
「板倉さん、それが生きているってことなんですよ。亡くなった奥さんとお子様のためにも生きてみましょうよ」
その言葉に浩司は号泣した。
浩司は今、辞めた広告代理店に戻り仕事をしている。上司の計らいで再就職したのだ。以前よりも仕事はセーブしているが、彼は必死に仕事に打ち込んでいる。
今も二人と過ごしたマンションに住み続けている。二人の私物には全く手をつけられないでいるが、彼は片づける気はないという。
「僕の時間はあそこで止まってしまった。でもね、無理に時計の針を動かそうとは思っていない。人間留まることも大事なことだと気づかされたから。一度は自殺を考えたけれど、二人に再会したとき、“お父さん二人の分まで精いっぱい生きたよ”と胸を張って言いたいんです。そしてあのとき思いとどまらせてくれた彼のためにも。
だから一日一日を精一杯大事に生きる」
浩司はスマホに残る家族写真を眺めてそう言い切った。
素敵なお話でした。
怖くないよ。感動しました。
泣きそうになった。
どんなに辛くても生きていかなきゃ行けないってはっきりわかんだね