客を乗せた時の話
投稿者:キミ・ナンヤネン (88)
そう言うと明かりのついていない家の玄関に入っていった。
ところが、10分以上経っても男が玄関から出てくる様子が無かった。
私はしびれを切らし、車を降りて玄関の呼び鈴を押した。
しばらくして玄関の明かりが灯り、ドアが開くと、赤ちゃんを抱っこした一人の女性が出てきた。
「夜分すいません。私のタクシーで、先ほど男性のお客さんをここまで送ってきたんですが…」
「…またですか。」
女性は私の話を最後まで聞かなくても、何かを察した様子で
「また夫がタクシーで帰ってきたんですね…。料金をお支払いしますので、ちょっと待っていただけますか。」
「わかりました。料金は5250円になります。お願いします。」
女性は玄関を閉め、また家の中へ戻っていった。
(あれがお客さんが言っていた赤ちゃんか…。)
女性はしっかりした感じの人だったので私はすっかり安心していたが、また10分以上経っても玄関から出てくる様子が無かった。
今度は大丈夫だろうと思ってはいたが、さすがに料金を回収しないわけにはいかない。
私は、どこからか家の中の様子を伺えないか、家の壁に沿って奥の方へと歩いて行ったが、裏に回って庭の方へと行くのはさすがにマズい。
そこに勝手口のドアがあったのでノックを何度かしてみたが、やはり返事は無かった。
玄関の前まで戻ると、私はあやうく腰が抜けるかと思うほど驚いた。
「うわあ!」
思わず軽い叫び声を上げた。
玄関に、一人の老婆が立っていた。
玄関のわずかに灯るオレンジ色の灯の当たり具合で、その老婆を妙に不気味に感じたのだ。
「や、夜分遅くに失礼いたします。私はタクシーの運転手で、男性のお客さんを乗せて…」
「存じております。…息子夫婦は本当に気の毒で…。」
「息子さん夫婦ですか、先ほど家に入っていったきりで…。」
「…もう息子夫婦はいないんです。」
「どういう事ですか?」
「…もう1年くらい経ちますかね…、息子が遅く帰ってきた時、お嫁さんが玄関の外まで出迎えようとした瞬間、この玄関の前で飲酒運転の車に撥ねられて…二人とも即死でした…。」
老婆はそう言うと涙を拭った。
「そんな事が…。」
私はどう返事をしていいか考えあぐねていると、老婆は一通の封筒を渡してきた。
私は封筒を受け取って中身を確認すると1万円札が1枚入っていた。
なんとなく面白い。
オチが怖い