誰そ彼(たそがれ)
投稿者:ねこじろう (147)
彼は改札を出ると地上に上がり、いつものルートを自宅マンションへと歩き出した。
古い住宅に挟まれた薄暗い路地を街灯を頼りにとぼとぼ歩き進む。
そして幾度となく曲がり角を曲がり、最後の角を通り過ぎようとした時だ。
いきなりブロック塀の向こうから邪気のない素っ頓狂な男女の笑い声が聞こえてきた。
思わず立ち止まったTは首をかしげる。
─あれ?確かこの家は長く人が住んでなかった廃屋だったような、、、
それで彼はその場でつま先立ちになり塀向こうにある家を覗いてみた。
広い庭のその先には縁側があり開け放たれたサッシ戸の向こうの室内は何故か淡く黄金色に輝いている。
その中で楽し気に食卓を囲む親子の姿が見えた。
Tはその様を見ていると何故だろう胸の奥からたまらなく温かいものがこみ上げてきて、思わずブロック塀沿いに後戻りする。
それから金属の門扉を開き金木犀の香りのするアプローチを真っすぐ進むと玄関前に立った。
玄関扉は開け放たれていて彼は上がり口手前まで進むと、廊下奥の居間で食事をしている親子に向かって「あのお、すみません」と声を掛ける。
すると間もなく聞こえてくる「は~い」という懐かしい女性の声。
そしてしばらくして「おい、気の毒だからおにぎりか何か持たしてやれ」というぼそぼそと呟く男の低い声がする。
すると「ちょっと待っててね」というさっきの女性の声がしたかと思うと数分後、おにぎりを乗せた皿を両手に持った割烹着姿の女性が満面に笑みを浮かべて廊下に姿を現した。
Tは慌てて逃げるようにその場を立ち去った。
※※※※※※※※※※
翌朝マンション内にある小さな公園前には救急車とパトカーが停車していた。
公園の門の前では二人の主婦たちがひそひそ話をしている。
花柄のエプロンをした方が深刻な面持ちでしゃべりだした。
「今朝ね朝の散歩してたら、そこのベンチで誰か寝ていたのよ。
恐々見たらグレーの背広着た男の人でね。
もしもし?って声を掛けても、うんともすんとも言わないからおかしいなあって覗きこむと顔の血の気が全然なくて。
恐る恐る手に触れたら、ひんやり冷たくて、、、
もうわたし、びっくりして慌てて119に電話したの」
タイトルが秀逸
コメントありがとうございます。
─ねこじろう
物悲しい話。
やっぱり温かい家庭っていいな。
長期間孤独に身を置くと幻覚まで見えるようになるのかもね。
ぽっぽや見た時と近い感情になった
暖かみがあると感じさせつつさり気なく救いのない、いや救われる? いや、なんだろう.やはり救いのない、だからこその不条理系怪談、ということなのかな。
コメントありがとうございます。
─ねこじろう