とっても素直な人
投稿者:ねこじろう (147)
「あのぉ、あのぉ、あのぉ、田辺さんでしょ。
いやあ、こんなところで再会できると思わなかったなあ ねぇねぇねぇまた少し話しません?」
訳が分からず戸惑っているとさっさと反対側に周り、勝手にドアを開いて助手席に座ってきた。
頭のてっぺんから靴までびしょ濡れで、背中に大きめのリュックを背負っている。
俺はドアロックしていなかったことを悔やんだ。
男は俺の言葉を遮るように再びしゃべりだす。
かなり興奮しているようだ。
「あのぉ、あのぉ、あのぉ、ボクね、あれからアパートに帰ってから考えたんですよぉ。
田辺さんが熱く語っていた素晴らしい話を」
「素晴らしい話?」
何のことなのか、さっぱり分からないので聞き返した。
「あのぉ、あのぉ、あのぉ、ほらあ、あの素晴らしい『世紀末の価値観』というやつですよぉ。
いやあ、はっきり言って昨晩は完全にやられましたぁ。
目から鱗がポロポロ落ちましたあ。
それでねボク早速、さっき実行してきたんですよお」
「え、、、実行て何を?」
とにかく訳が分からないので、こう言うしかない。
「あのぉ、あのぉ、あのぉ、ほらあ、この現実に必要のない連中はこの世から抹消してもいいというスーパー論理ですよ」
「は?」
「またまたまたあ、惚けないでくださいよお。
田辺さん昨晩あの居酒屋で言ってたじゃあないですかあ。
気にくわない上司とか使えない政治家とか面白くない芸人とかはこの世から抹消するべきだって、、、
そうすることで世界は浄化されていくんだって。
それでねボク、、、」
言いながら男はおもむろにリュックを膝上に乗せるとファスナーを開き、こちらの方に向けた。
ほらあと男に急かされて渋々俺は中を覗きこむ。
いきなりなぜだか錆びた鉄の匂いが鼻をついた。
開かれたリュックの狭間からは何だろう、黒い髪の毛が見え隠れしている。
─何だ、これは?
心の底から沸き上がる得体の知れない不安感に、心臓の激しい拍動を喉裏に感じていた。
素直すぎて恐ろしい!
確かに、、、
─ねこじろう