充実した人生

　その日は成人式だった。田舎育ちの俺たちはほとんど中学校の同級生だけでこの式に参加する。変わらない奴や懐かしい奴、昔好きだったあの子や昨日も会ったあいつも居る。
俺たちは中学校を卒業して以来のそれぞれの人生について語り合った。イケてる奴は高校に入ってすぐに彼女ができてずっと楽しい人生を送っていた。大学になり彼女ができて充実してる奴もいた。そんな「充実」が羨ましいと、俺は素直に思っていた。
　そんな中、卒業以来彼女もできたことなく、未だに女友達もいないというやつがいた。Ｋだ。しかし、そういったことの経験がないということではないらしい。Ｋは決して自分からその話をしたわけではなく、周りが話していく中、順番が回ってきて問い詰められたといった感じであったが、周りにイジられて不機嫌そうにしていた。
　成人式後、みんなでご飯を食べに行った。座敷で宴会だ。俺はＫに話しかけた。決して憐れんで慰めようとしたわけじゃない。俺と似ていたからだ。それどころか俺の方が惨めな人生を歩んでいるかもしれない。
　俺は高校まではＫと同じく女の子と目も合わせられないような根暗な男だったのだ。そして、本当に恥ずかしいし、もうどうしようもないことなのだが、俺は援助交際で初体験を済ませたのだ。
　
　大学１回生の頃、あまりにモテないせいでおかしくなりそうになっていた。そこでマッチングアプリでも始めてみたのだが、そのインストールしたアプリが「ハッ〇ーメール」というもので、実態は援助交際の掲示板となっているものだった。当時バイトを始めて少しお金を使えるようになったのと友達もいなくお金の使いどころがなかった俺が、少しお金を使えば童貞を捨てられるかもしれないという誘惑に勝てるわけなかった。
　俺は援助交際に嵌った。そのうちコンドームが邪魔になってきた。そして掲示板で「苺（1.5万円）生中」という書き込みを見つけ、メッセージを送った。そして避妊具なしでの行為に嵌った。何回かそういうことをした。
　しかし、そのうち気付いた。俺は性病のリスクを考えていなかった。一時期はＨＩＶなどに感染してしまっているのではないかと思ってノイローゼ気味になったが、検査をして陰性であることを確かめてからは援助交際なんて決してしていない。
　

　という、俺の経験をＫに話した。Ｋは興味深そうに俺の話を聞いていたが、話を終えるとつまらなそうに酎ハイに口をつけていた。
　俺も自分自身で暗い過去を清算したかったのかもしれない。誰にも話したことのない話を久しぶりに会った奴に話したのだ。
なんてことを思っていたが、そんな話をしたものだから無言の時間が続き、少し気まずくなった。
「ま、俺もこんな人生だからあんまり気にするなよ」
と言い残し、俺は別席の今でも仲のいい友達の席へ行った。
　その友達は女の子と話していた。女の子をＳとしておこう。友達はお酒を飲み上機嫌に話していたが、Ｓはお酒に口を付けていなかった。理由はもう分かっていた。赤ん坊を抱えていたのだ。そんな風にＳは随分と事情が変わっていたが、何よりも変わっていたものがあった。顔だ。明らかに整形していた。しかし隠していないから清々しい。だが完全に別人であった。
「さっきＫ君と何話してたの？」
とＳに聞かれ、少しビクッとしたが、適当に誤魔化した。
　それにしても本当に顔が変わっている。そして綺麗だ。だが、妙に見覚えのあるような顔だ。「整形顔」というやつか。
そう思っていると、赤ん坊が泣きだした。

「だっこしてみる？」
とＳに言われたので、抱いてみることにした。赤ん坊は俺があやすとすぐに泣き止んだ。
正直可愛い。凄く可愛い。愛おしさすら感じる。
きっと素敵な旦那さんとの子供なんだろう。Ｓの旦那の話は少しだけ聞いたことがあるが、サラリーマンで日々勤勉に働いているそうだ。Ｓは整形はしているが、心がきれいだからこそ、そんな素敵な旦那さんを好きになり、好かれたのだろう。

　赤ん坊を抱きながら、俺は気付いた。この子は可愛い。そしてこの子の母親、Ｓの見覚えのある整形顔。整形した顔が大体同じになるから見覚えがあるんじゃないことに気が付いた。

　俺はＳのこの顔を見るのは初めてじゃない！

　俺が援助交際に嵌っていた時に１度「生中」での行為をSとしたことがあったのだ。その時すでに整形顔だったから、俺はそれがＳであることに気が付かなっかった。俺もその時は髪を染め、髪型も中学の頃とは違っていたのでSは俺に気付かなかったのかもしれない。もちろん根暗なオーラは出ていたが…

　そんなことに気付いてしまったものだから、俺は急に変な汗が出てきた。視線を逸らそうと赤ん坊をあやすことにした。
やはり、この子は可愛い。癒される。愛おしい。

　この子は俺の子だ。俺には分かる。この耳と鼻の形は俺と同じだ。そしてSは俺と暮らすべきだ。２人でこの子を育てるべきだ。それがこの子にとって一番良いに決まっている。