真夏の峠越え
投稿者:トット君 (1)
「あのさ、あくまでも噂だけど、数か月前に軽井沢から離れた山中で親子三人の遺体があがったそうだ。身元は不明だそうで、所持品は何もなかったらしい。ただ、騙されたという言葉を紙切れ一枚に残してね」
「それが、俊太たち家族ってこと?」
「それはわからない。でも騙された家族ではないかということだ。だから、この住所は存在しない。納得はできないだろうけど、これが事実なんだ」
帰ろうと言いたげに清さんは車のエンジンをふかせた。
ぼくはあきらめられないからと軽井沢周辺を目的地もなく走ってもらった。
夕方から小雨が降り始めた。天候が荒れるというラジオからの予報に清さんは山道を通り碓氷峠に向かった。
道の両脇に外灯がなく先の見にくい山道。降りが激しくなり始めたとき、ようやく上りの道の曲がり角に一本の灯りがあった。
急に雨も上がったが、ひどい霧がたちこめている。
すると外灯下に人影があった。その横を通り過ぎたとき、ぼくは思わず声をあげた。
「俊ちゃん!」
清さんはぼくの声にまるで気づかない。黙ったままひたすら運転している。
「停めて!俊太なんだよ」清さんに声を向けるが反応はない。まるで何かにとりつかれたような運転だと思った。
こうしているうちに通り過ぎてしまった……と後方を見た時だった。
「えっ!」俊太が追いかけてくる。そんな……追いつけるはずもない。車のメーターは毎時50㎞を超えている。それなのに俊太は増々車に迫っていた。
「なんだよ!」一瞬恐怖が沸いた。同時に俊太の迫る姿が助手席サイドミラーに映った瞬間、ぼくは涙が出てしまった。
俊太の顔が悲しみに満ちていたからだ。
「会いに来たんだよ!」思わず俊太に向けてぼくは声を上げた。
雨が上がって次第に霧が薄らいでいた。
山道を抜けたとき「何かあったのか?」と清さんは急にしゃべり始めた。
それには直ぐに答えられなかった。
あの光景を知っているのはぼくだけだ。
俊太に何が起きたのか想像はできた。
もう、ぼくと一緒の世界じゃないことだけはわかった。
でも俊太は会いに来てくれた。
ねえ、そういうことだよね……。(了)
早く成仏して欲しいです。
とても悲しい話でした。
怖い、せつない、感動すべてがこの中に入っている