かわいそうな女の子

厚手の遮光カーテンのせいもあり、月明かりすら入らぬこの部屋は真っ暗で、それでも薄っすらと人っぽい形の何かを認め、両目を擦りながら目を凝らす。

彼女は暗闇の中、キッチンに立っていた。

床に敷いたマットレスの足元側にあるカーテンを引き、俺は立ち上がる。

部屋に差し込んだ月明かりを頼りに彼女の姿を改めて視認した俺は、きっと母親を思い出して泣いてるんだろうと、布団から身体を起こす。

どんな言葉をかけてあげればいいんだろうと思案しながらそばに行くと、彼女は笑っていた。

あれ？　と違和感を覚えたと同時に、彼女の手に包丁が握られているのに気付く。

「……何してるの？」

認めたくはないけど、俺はこんな小さな子供に恐怖心を抱いている。

というか、包丁を持った相手と対峙することはこんなに恐ろしいのかと、単純に刃物に対する恐怖を感じる。

「それ、危ないからこっちに渡して」と、俺は包丁を受け取ろうと手を出す。

しかし彼女は俺の手に向かいまっすぐに包丁を突き下ろした。

暗がりなのが幸いしたのか、手のひらを刺されるようなことはなかったけど、刃先のかすった小指がパックリと裂けて血がダラダラと流れ出ている。

「いっつ……！」

涙目になりながら俺は手を引っ込める。

そして、ニヤニヤと笑う彼女に怒りを感じ、思い切り蹴飛ばした。

しまった……。何をやってるんだ俺は……。虐待する親から保護したんじゃなかったのか――という自省はすぐに訂正する。

ゆらりと立ち上がった彼女は狂ったような笑い声を上げ、包丁を振り回しながらこちらに向かってきたからだ。

俺は腹部だけは刺されないようにしなければと咄嗟に判断し、腹を守るようにして両腕を前に出すけれど、躊躇うことなく彼女は俺の右上腕を割く。

洋服の上からだったせいか、それとも彼女の非力さ故か、傷はそこまで深くはなかったけれど、でも当然痛みはあって、ポタポタと床に垂れる程の出血を感じながら、恐怖よりも込み上げてくる怒りが勝る。

もう完全にキレた俺は、包丁を逆手に握ったままの少女の腹部を思い切り殴る。

こんな奴に殺されてたまるか。

もう一発、今度は腹に蹴りを入れる。

痛みを感じていないのか、ニヤけたままの彼女の両腕を捻って背中に回し、そのまま床に倒す。

こいつをどうしたらいいんだ……。このまま外に放り出すか……？

いや、きっとスーパーの監視カメラでも、俺が彼女を連れ去った場面が録画されているだろうし、目撃者もいるかも知れない。ここで外に出して、もし警察にでも行かれたら、俺は彼女を誘拐した挙げ句暴力を振るった男として間違いなく逮捕されるだろう。

どうしたらいい……。

……なんにしても、とにかくこいつを外に連れ出そう。一刻も早くこんな奴と縁を切りたい。

Tシャツを強引に脱がし、彼女が着ていたワンピースを乱暴に着せる。

その間、一切の抵抗は見せなかった。

俺は少女の手首を掴み外へ出る。