喚声
投稿者:冨田新 (1)
それ以外にも数えきれない数の声がすべて合わさって、「わー」と聞こえていたのです。私は頭がどうにかなってしまいそうでした。
しかしどれだけ声が近付いてきても、壁を一枚隔てたようにくぐもった声のままでした。
わたしはすっかり恐怖心に飲まれていましたが、ギリギリのところで狂わずにいられたのは「声の主と私の間には何らかの障害があって直接手を出せないのだろう」という希望的観測があったからでした。
しかし、その希望は打ち破られます。
その日も勉強をしようとしていたのですが、件の声のせいで全く集中できずにふて寝をしようとしていました。
部屋を暗くすると声の主に襲われる妄想をしてしまうので、部屋は明るくしたままです。段々ウトウトとしてきて、そろそろ寝れそうだという時のことでした。
突然耳元で沢山の声が聞こえてきました。沢山の大声が合わさって「わー!!!!」と聞こえます。
よく聞くとその中には、「やっと会えたね」とか、「連れていってあげる」などの声がありました。
私はすっかり驚いてしまって、体が硬直して動くことができませんでした。動けと体に命令しても、ちっとも動かないのです。
何とか動こうともがいていると、体の方に冷たいものが触れる感触があります。
何かと思い、やっとの思いで視線をやると、白い腕がわたしの腕をがっしりと掴んでいました。私は思わず「うわぁ!」という叫び声をあげました。
その叫び声を皮切りに私は四方八方から白い腕に掴まれます。
腕を、足を、首を、胴を、頭を、それぞれ強い力で掴まれて、まるで綱引きのように私の体は引っ張られていました。
それは言い表せないほど激しい痛みでした。裂けてしまうと思いました。
私は持てる力の全てを出し切って暴れます。このまま好きにさせていたら、私は彼らに連れていかれてしまうと思ったのです。
しかし、白い腕をやっとの思いで払いますが、すぐにまた掴み直されてしまいました。私は段々と諦めかけていました。
すると、突然部屋の扉が開きました。驚く母と目が合い、その瞬間、私は意識を失いました。
目を覚ますと、病室にいました。話を聞くと、私は自室で痙攣しながら倒れていたそうで、それを母が見つけて救急車で運ばれたそうです。
相当珍しい病気で、命の危険があったのだとか。その病気は完全には治ることがないそうで、今後も付き合っていく必要があるようでした。
治療を受けている今ではあの声は聞こえませんが、たまに疲れていたりすると今でも声が聞こえることがあります。
あの声は私の幻聴なのでしょうか。それとも、私があの世に行くことを心待ちにしている何者かの声なのでしょうか。
少なくとも、私はあの声が幻聴だとは思えません。
その理由ですが、母が私の部屋を訪れた理由が「とんでもなく大勢の声がして驚いたから」なのです。私を連れていこうとする声を聞いたのは、私だけではないのです。
私は声に連れていかれたくありません。私は、この病気を治しきってみせます。
明らかに憑かれてますから神社などでお祓いしましょう。
お祓いしたら、病気が治る可能性があると思いますが。