走り来る者
投稿者:ねこじろう (147)
S代も恐怖で固まっているようだ。
それは白い病院着姿の女。
ボサボサの髪を振り乱し叫びながら、何故だか凄い形相でこっちに向かって走ってきている!
いよいよ女が前方50メートル近くまで近づいてきた時、ようやく身の危険を感じた。
なぜなら彼女は右手に包丁のようなものを持ち何やら喚きながら、裸足で走ってきているのだ。
その顔は異様にどす黒くて、目一杯開いた両目は血走っていた。
ウワアアアアアアアア!、、、
「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ」
私は叫びながら慌ててエンジンをかけた。
その時には既に女は車の正面まで迫ってきていて、あっという間に裸足のままドスドスとボンネットを駆け上がると、腹這いになってフロントガラスを力一杯叩き始めた。
ドンドンドン!
間近に迫る狂気に満ちた女のどす黒い顔。
「キャー!」
悲鳴を上げて私に抱きつくS代を横目に、私は思い切りアクセルを踏み、車を後方にバックさせる。
弾みで女は道路に落下した。
だがすぐに立ち上がると、またこっちに向かって来ようとしている。
必死にハンドルを操作し左車線に復帰するとアクセルを思い切り踏みこみ、猛スピードで走り始めた。
ミラーを見ると、車の後方数十メートルを走りながら追いかけてくる女の姿が見えている。
横からS代が「早く早く」と脇腹をつつく。
スピードメーターはいつの間にか70キロを表示していた。
そのまま数分走りミラーを見ると、もう女の姿は見えなくなっていた。
私はホッと一息ついて、徐々にスピードを落としていく。
横に座るS代も安堵のため息をつき、シートに深々と横たわった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
いつの間にか車は山道を抜けて、平坦な県道を走っていた。
もうすっかり日は落ちていて、道路沿いに並ぶ民家や商店は灯りを灯している。
S代が「あの女の人、何だったんだろう?普通じゃなかったよね」と呟いた。
私は彼女の方を見ると静かに頷き、またフロントガラスに目をやった。
それからしばらく運転していると、突然後ろを走る車がパンと一回クラクションを鳴らした。
驚いてミラーを見ると、後方の車を運転する男が険しい顔で何やら懸命に叫びながら接近したり、離れたりしている。
もしかして「生きている」女の人だったの?