あの夜のノック
投稿者:take (96)
霊感の全くない姉が唯一、遭遇した不思議体験です。
大学時代にWさんという、地方から出てきてアパートで一人暮らしをしている友人がいました。
右隣には同年代の女性、左隣に三十代くらいの男性が住んでいたそうです。
ある日、家具の移動をしていたら、左隣の壁から、『コンコン』とノックする音が聞こえました。
最初はなんだろう、と思ったのですが、ときどきノックされるようになって気づいたのは、Wさんが物音を立てていた時で、「静かにして」という意味だと知ったのです。
Wさんの実家は土地が大きくて家も広く、隣家との距離もあり、よく言えばおおらか、悪く言えば生活音に無頓着なところがあったのです。
そこは反省し、男性相手にトラブルになっても怖いし、と気をつけるように心がけました。隣人も神経質すぎるわけではなく、多少の物音に文句を言ってくる事はなかったそうです。
姉が遊びに行ったのはWさんもずいぶん一人暮らしに慣れた頃でした。
その日はWさんの部屋に泊まり、夜遅くまでいわゆるガールズトークに花を咲かせていたとき。ついつい話し声も大きくなり、笑い声を立てていると、コンコン、と左隣から壁をノックする音が聞こえました。Wさんはしまったという顔になり、姉も事情は聞いていたので、すぐ理解しました。
「すみませんでした」
二人が謝って声量を落とすと、その後ノックされることはありませんでした。
翌週、大学でWさんと顔を合わせると、彼女は浮かない表情をしています。
どうしたの、と訊くと、左隣の男性が自殺した、というのです。アパートから少し離れたところにあるビルの屋上から飛び降りたそうですが、それは姉がWさんの部屋に泊まったあの夜でした。つまり、あのとき、左隣の部屋に男性がいなかったにも関わらず、静かにして、いう合図のノックがあったのです。
部屋で自殺したわけではないので事故物件ではありません。
しかしWさんは、その後すぐに引っ越しました。空室の左隣からノックが聞こえてきそうで怖いから、というのが理由でした。
「ああいうことって本当にあるんだねー」と、姉は呑気に語っていましたが、きっとWさんに霊感めいたものがあったのでしょう。
ご冥福をお祈りします