僧伽(サンガ)

新一君の笑顔を見て、ホッと胸を撫で下ろす。

「階段で転んでしまって、鼻血が出ていたのと、腕を打って腫れているので念のため病院に行った方がいいと思います。」
養護教諭が言った。

紀子さんはタクシーを呼んだ。

「気をつけなきゃダメでしょ。どうして転んだの？」
紀子さんが新一君に聞く

「転んだんじゃないよ！ユキちゃんに押されたの！」

その言葉に大人3人は凍りついた。

「……ユキちゃんって”何”ユキちゃん？」
小林先生が聞く。

「ミヤノ ユキちゃん！」

小林先生と養護教諭が一瞬、愕然とした顔をしたのを紀子さんは見た。

ミヤノ ユキ 学年に該当する生徒はいなかった。

タクシーが来た。

「他の学年の生徒も調べて、またご連絡します……」

「はい、よろしくお願いします」

病院での診断の結果、幸い軽い打撲だった。
アパートまで少し遠かったので、帰りもタクシーを呼んだ。

「きりしま しんいちです！よろしくおねがいします！」
タクシーに乗り込むなり、新一君が運転手に挨拶をした。

「お！元気いいねー！お嬢ちゃんは？」

紀子さんは運転手の「お嬢ちゃん」という言葉に困惑し、咄嗟に聞き返してしまった。

「え？なんですか？」

ふと運転手が横目で見たのは、紀子さんと新一君の間にある空間だった。

「あの、いえ、なんでもないです」

アパートに着くまで、運転手は口を開かなかった。