姥捨山

仏間はリビングと襖を隔てた隣りあわせだったので、その晩、子供達は仏間で川の字になって眠り、襖を開けた状態で父親達と祖父がリビングでウトウトしながら寝ずの番をし、母親達はそれぞれ客間で寝る事にしました。

翌朝、祖父は三人の息子とＡを伴い、例の山に向かうと言い出しました。
何しに行くのかは分かりませんでしたが、Ａは恐らく道案内でしょうか。
僕ら小学生組は祖母と母親達の監視の下、いつもの様に遊ぶか、昼食の準備を手伝わされました。

三時間くらい経った頃、一本の電話が入ると、受話器を握った祖母は「あれまあ！」と驚いた様子でした。

それから一時間もしないうちにＢが「パトカー」と呟けば、何処からかパトカーのサイレンが聞こえてきたので全員で縁側から外を眺めると、やがて二台のパトカーが家の前を通過し、祖父達が向かった山の方へ走っていくのを見送りました。

これは祖父達が帰宅した際に聞いたのですが、何でも山中で人骨が発見されたそうです。
死後何十年も経過していたそうですが、警察の話では高齢の女性のものでした。

その晩、僕達は親戚一同集まって二度目の夕食を済まし、自由時間がやってきました。
ただ、僕がその場で仰向けになって消化作業に入っていると一本の電話が入り、慌てて電話を取った祖父が何を言われたのか「やっぱりそうですか」と魂の抜けた様な覇気の無い感想を漏らしたのです。

そして、電話を切った後リビングへ戻ると、座りなおすなり「やっぱり〇〇さん所のばあさんだったそうだ」と深いため息をつくのでした。

祖父の言葉に父親三人も「そうか」と声を揃えると、何故か父は僕の頭を撫でます。

対してＡの父は「明日にでもお寺さん行くで」とＡの額を小突いているのが見えました。

翌日、Ａだけが寺に行くのだと思っていると、どうしてか僕やＢやＣも一緒に寺に連れていかれ、長い読経を住職と一緒に唱える事になりました。
その後もよく分からない儀式が続き、僕達は慣れない正座で途中から足の感覚が無くなってしまいましたが、かれこれ二時間ほど過ぎた頃合いで漸く終わりの目が見えてきてホッとしました。

儀式が終わると僕達は再び祖父の家に戻り、自由時間を謳歌し、やがて二泊三日のお盆が終わる時間がやってきたのです。

僕はＣやＢと別れの挨拶を済ませると、最後にＡの許へ行き、大人達が見ていない隙に「パトカーとかお寺とか、どういう意味だったのかな」と耳打ちで訊ねました。
特に理由は無いのですが、僕達の中ではＡが一番年齢が大人に近いので、恐らく事情を知っている筈だと思ったのです。

そして、予想通りＡは親の目を盗んで僕に真実を話してくれました。

一昨日、子供達が同じ老婆の夢を見て悲鳴を上げた際、Ａは「まさかあれのせいか……？」と口を滑らせた事で親と祖父に尋問される形となり、昼間に姥捨山へ行った事を話したそうです。

端的に言えば、Ａが僕達に話した姥捨山の話は祖父が暮らす村で実際にあった事実であり、数十年前までは普通に行われていたと言います。

その最たる例で、祖父の知人の母が三十年前に行方不明になった事があり、巷では知人が介護疲れからか母親をあの山の中腹に置き去りにしたとまことしやかに囁かれていたのです。

念のために、当時の消防団が秘密裏に人を募り、知人に知られる事無く山を捜索したそうですが見つからなかったのでこの噂は鎮火し、結局本当に行方不明のままこの話は未解決で終わったのです。

しかし、三十年後の現在。
話は昨晩のパトカーへと繋がります。
Ａが夢の内容を詳細に語った事で、その特徴がどうにも行方不明になったとされる知人の母にそっくりだと思った祖父は、翌日、Ａの案内でその場所に行ってみようという事になったのです。
僕の父……祖父の三人の息子も知人の母とは顔見知りだったらしく、三人は祖父と一緒に向かう事になったとか。

そして、いざ現場へ赴けば明らかに人骨らしきものを発見したという事で警察に連絡し、パトカーが出動したという訳でした。

因みに、知人は数年前に病気で他界しており、家は息子夫婦が時折帰省しては管理している状態らしく、たまたまお盆で帰省していた所に遭遇し事情を話して知人の母の遺物が無いか訊ねた所、抜歯した歯を取ってあると言われて鑑定に使われたそうです。

そして見事その人骨が知人の母のものであると確証を得て、僕達は念のために寺でお祓いをさせられたのでした。