悶(もだえ)
投稿者:四川獅門 (33)
短編
2021/02/15
21:07
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鍵が見つからない、全身のポケットを探すが見つからない。無理矢理ドアノブをガチャガチャと回す。
視界の端に映る影が近づいている。
藤木さんは恐る恐る、視線をやる。
墨で塗りつぶしたような黒い人影が、通路の奥から迫って来る。
ジリジリと迫る子供の影、藤木さんは震える足で後ずさる。
錆びた手すりがゴツンと背中を突く。行き止まりだ。
腰が抜け、錆びた手すりに寄りかかる。
バキッと音がして錆びた手すりが外れた。
寄りかかっていた手すりごと、藤木さんは宙に投げ出された。世界がスローモーションのように見えた。
その時に藤木さんは確かに見た。
2階の通路から藤木さんを見下ろしているのは、見覚えのある顔。
「自分だったんです」
子供の頃の自分が、落ちていく藤木さんを見下ろしている。目を見開き、呆然としている。
次の日、藤木さんは病院で目を覚ました。同じアパートの住人が2階通路から落下した藤木さんに気付き、救急車を呼んでくれたらしい。
腕と骨盤を折る大怪我だった。
数ヶ月後、退院した藤木さんは菓子折を片手に、助けてくれたアパートの住人を訪ねた。
感じのいい老齢の女性だった。彼女は藤木さんの回復を喜び、こんな事を言った。
「男手1人で大変だろうけど、何かあったらいつでも相談して下さいね。うちも男の子いたからね」
藤木さんの頬を嫌な汗が伝い、地面に落ちていった。
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良い締め方ですね、素敵です
オチが怖すぎる
素晴らしい。全体の雰囲気も、締めの一言も……
怖い!
雰囲気がなかなか良いですね
小学生の恋心を言いふらした者に待ち受けた報いが死というのは少々重すぎたかもしれませんね