一枚足りない
投稿者:もりのくまお (7)
大学生のころ、「遠征マージャン」という小旅行を兼ねた徹夜マージャンを時々
開催していた。大学の先輩・後輩5人で車でちょっと遠出をし、その地のうまいものを
食べ、旅館で徹夜でマージャンを行い、そして帰る。そんなシンプルかつ疲れる
娯楽を、半年に一度のペースで行っていた。5人というのは、徹夜という長丁場のため
常に一人が休憩するためだ。
その日は車で漁港まで行き、船に乗り換えて島に渡った。事前に旅館には事情を
説明しておいたが、「泊まるのもマージャンをするのも構わないが、うちには
雀卓がない」と言われたため、なんとコタツの板をもって船に乗った。傍から見たら
異様な光景だったと思う。若さゆえの行動だったんだと思う。
その宿は、島のちょっとした高台にある古いがとてもよい雰囲気のある民宿だった。
いつも閑散期の平日を選ぶ。繁忙期に夜中にガラガラといつまでもハイを
かき回していたら、追い出されるだろう。この日も、宿泊は運よく私たちだけだった。
「すごくうるさくするかもしれません。」という私たちに、「家族は別棟に住んで
いるから大丈夫ですよ。」と民宿の主人は笑顔で答えてくれた。つまり、夜はこの
民宿は無人になるということだ。
入り口で名前を書き、部屋に通された。民宿は2階建てで、できてから結構年月が
経っているであろう。廊下に「夜はお静かに」という張り紙を見て、ちょっぴり
今夜騒ぐことに罪悪感を持った。
部屋は二階の階段を上ったすぐの部屋。そしてその隣の部屋。私たちはいつも部屋を
二つ予約していた。一つはマージャンの会場用。一つは眠くなって脱落したメンバーの
仮眠用だ。まず荷物を置くために仮眠用の部屋に入った。
部屋に入った瞬間だ。私は「この部屋には居たくない。」と思った。何かこう、
部屋が長く密閉されていたような、よどんだ空気を感じ、同時に四方の壁や、窓が
グニャグニャと波打っているように見えたからだ。
私はいつものように部屋の中央に立ち、大きく2回柏手を打つ。これは子供のころ
からやっている儀式のようなものだ。それは他のメンバーも知っている。
その音は完全に壁に吸収されていったように感じた。まったく音が響かない。
これはヤバいかもしれない。
他のメンバーは「またなんかやってるわ~」くらいにしか私の行動を見ていない。
私は、「この部屋でマージャンやろうよ。仮眠用はとなりの部屋にしよう。」と
提案した。人がいっぱいいれば大丈夫だろうと思ったからだ。
意外にも私の提案はすんなりOKされ、メンバー全員は隣の部屋に入って、
荷物を置いた。こんなにも部屋の雰囲気は違うものだろうか。仮眠用の部屋は
明るく、何事もないように感じた。
※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。