峠のバス停留所にて
投稿者:キミ・ナンヤネン (88)
会社に新しい支店が出来た頃の話だ。
私はその準備に駆り出され、連日夜中に帰る事となった。
その日も帰りが12時を過ぎてしまい、スマホを頼りに自宅へ帰っていた。
新しい支店まではマイカーで通っていたのだが、土地勘というか、そこの地理にはあまり詳しくなかったからだ。
しばらく走っていると、いつもの大通りはこんな時間に渋滞していて、ラジオの交通情報によると何か事故があったらしい。
スマホを確認すると、これから行こうとする道路は赤く表示されていた。
試しに違う道を検索すると、遠回りだが峠を通るルートが案内された。
翌日は久しぶりの休みで、たまには違う道を走るのもいいだろうと思い、その峠のルートを行くことにした。
スマホの案内に従うと、ほどなく峠道に入っていった。
道なりに沿って走っていると、峠だからなのか県境なのか、ラジオの入りが悪くなっていた。
こんな時はスマホで音楽でも聴けばよかったのだが、不慣れな峠道で車を停める場所がよくわからず、スマホの操作ができなかった。
ラジオはノイズ交じりに
「……真っすぐ……道に沿って……」
と、何かセリフのような女性の声が聞き取れた。深夜のラジオドラマか何かが放送されているのを受信しているようだった。
「右には……川があって……大きな橋が……かかって……」
ボリュームを上げてよく聞いてみると、今走っている景色とそっくりだった。
とは言え、深夜で景色が良く見えないせいもあり、何かの偶然だろうと思っていた。
スピードを少し落とし、峠の一本道をさらに進むと
「……突き当りを……右に…」
いつしか、このラジオから聞こえる音声が、まるで道案内をしているかのように錯覚していた。
すると、音声のとおり本当に丁字路の突き当りに出た。
スマホで左右のどちらかに進むか確認しようとしたが、途中からGPSがうまく拾えなかったらしく、いつしかその動きが止まっていた。
さっきのラジオの音声のこともあり、何となく右へと進んだ。
丁字路から200メートルほど進むと、左側の道路沿いに何かの灯が見えた。
近づくと、それは雨がしのげる程度の屋根がある小さなバスの停留所だった。
「こんな所にバス停…?」
停留所はベンチが一つ置いてあるだけで、白熱電球がほのかに光っていた。
さらにスピードを落としてゆっくりと停留所の前を通ると、一瞬心臓が止まるかと思う程驚いた。
バス停のベンチに一人の女性が座っていたのだ。この夜中の1時近くに、だ。
もちろんこんな時間にバスなど通っているはずも無く、まるで幽霊でも見たかのような感覚だった。
遺体放置の方が怖いよ!
家に帰るまでの事を覚えていないとありますが、停留所の近辺は圏外だったので、帰る途中か、帰ってから通報したんだと思います。きっとそうです。
作者より