気味の悪いホテルと愛犬と愛猫
投稿者:ハムレット (4)
子育てを終え、定年まであと数年、という年代の私たち夫婦は、年に1度お互いの休みをやりくりし、長い休みを取って愛犬と愛猫を伴って旅行に出かけます。
「犬だけなら泊まれるのに、猫が泊まれる宿が少なすぎる」というのが悩みではありますが、ある時、O県の温泉で有名な観光地で
猫が泊まれるというビジネスホテルを見つけて、利用することにしました。
1泊一人3000円を切る値段で、そのホテルは源泉かけ流し、しかもペットの宿泊代は無料。その上、駅のすぐそばなので
居酒屋などに飲みに行くこともできるという好立地です。
「これは泊まらないと損だわ」と私は、ネットの写真と口コミだけを見てそのホテルを予約しました。
そうして、さんざん遊び歩いてやっとホテルにチェックインしたのは夜の8時ごろ。もうすぐ冬、という時期だったので日はとっぷり暮れています。
「ええと、ホテル〇〇って…ここだよね…?」私と夫は、車から降ろした愛犬と愛猫が入ったケージをそれぞれ携えて、
そのホテルの前に立ち、建物を見上げました。
「ここって、営業してるの?」と夫が不安そうな声で呟きます。確かにホテル名を宣伝するためのネオンサインはまばらに灯ってチカチカ点滅しているし、
客室の窓にも真っ黒なカーテンが引かれています。そんな有様ですから、客室も稼働しているのかどうか、外からは全く分かりません。
「ネットで予約したらちゃんと返信が来たから営業してるはずだけど」と答えつつ、私も不安になります。なお、よく見ればガラスが割れている部屋もあり、
さらに屋上まで見上げてみると、昔、ビアガーデンかなにかをやっていたのか、風雨にさらされてボロボロになったテントや伸び放題の雑草もうっすら見えました。
けれども、フロントがあるはずの1階部分に目を下ろすと、閉じられている黄ばんだガラス戸の向こうからやや青白い色の蛍光灯の光が漏れています。
「お化け屋敷みたいだ」と口には出さなくても夫も私もそう思いました。でも、値段の安さと温泉に入れる、というのは魅力です。私たちは、ホテルに入ってチェックインを
済ませました。そうして、渡された鍵の部屋に入ります。中に入ると、エンジ色の絨毯に柔軟剤の香りのするシーツがかけられたベッドと使い古された電話が目に入りました。壁には配管がむき出しになっていて、変なくぼみもあります。(昭和の香り満載だな…)と言いたげなまなざしで夫は部屋を見まわしながら、「お風呂入りに行くの、順番で行こうか」というので、「そうね。この子達だけをこの部屋でお留守番させられないしね」と私は夫の言葉にうなづきました。
けれども、正直、この部屋に一人で居たくないなあ…とは思いました。
けれども、愛しいわが子同然の愛犬と愛猫が側にいればなんとなく怖い、と感じる気持ちも薄れるだろう。そう思って、二人で二匹が粗相なく過ごせるようにトイレなどの準備を整えて、二匹をゲージから出しました。愛犬も猫も部屋を見まわし、それぞれが鼻を使って今夜の寝床のチェックを始めます。それを見て夫が「それじゃ、俺から先にお風呂行ってくる」と、部屋から出ていきました。
怖くてテレビを付けようとしましたが、なぜかいわゆる「砂嵐」の状態で何も映りません。フロントに電話をしても、呼び出しの音が鳴るばかりで誰も出ません。(…ちょっと、怖いな)と思いながら、窓の外を見ようとカーテンを開けると、ガラスの窓が割れて、
補修されていました。(え、なんかイヤな感じ)そう思ってふと、窓のカギがちゃんと掛かっているかが気になり、確認してみると、鍵の部分が動かせないように紐でぐるぐる巻きにされているのです。「え、これ、全部解かないと窓が開けられないから換気出来ないんじゃないの?」と思わず呟きました。けれど、部屋には最新型の空気清浄機が導入されているし、窓を開けて換気する必要はないのですが、その鍵に巻き付いた紐には「絶対に窓を開けさせたくない」という強い意志が感じられました。
私は再びカーテンを閉めて、愛犬たちの方へ振り向きます。すると、二匹は全く同じ方へ視線を向けています。犬は足を踏ん張って立ち、猫は体を低くしていました。
「ちょっと、どうしたの?」と私が声をかけても、二匹の視線は壁を見つめたまま動きません。猫の耳は後ろへ倒れ、尻尾はゆらゆらと揺れています。
犬は口の端をゆがめ、小さく「ううう…」と唸っています。目には、威嚇の感情が籠っていました。
二匹のこの様子は、家に知らない人が訪ねてきた時に見せる行動そのものです。壁の前、あるいは壁の向こうに何かいる。二匹はその「何か」に対峙し、
どう対処するべきか、相手の出方を伺っているようでした。
「ちょっと…!あんたたち、何が見えているのよ~!」と私はすっかり怖くなって、ただただ、二匹が見据えている壁から目をそらし、
夫が早く部屋に戻ってくるのを待つしかありませんでした。そうして、40分ほど経ち、やっと夫が部屋に戻ってきました。
「この子たちが壁に向かって唸る」という話をすると、「壁の向こうにネズミでもいるんじゃないの?」と全く動じません。
「ネズミなら音がするでしょ?全然、音がしないよ。それにネズミならこの子たち、もっと興奮するもの」特に普段から臆病な猫の方は、あきらかに
恐怖を感じているようで「う~う~」と猫が威嚇する声まで出し始めました。犬の方の表情も鼻の先に皺を寄せてさっきより険しくなっています。
動物好きとしては、犬猫の為にも早く出ていかない夫婦の方がずっと怖い…