「うさぎのぬいぐるみ1つ下さい…」
弱々しい女の子の声が聞こえてきたのです。
しかし、それは声ではありません。まるで何かを想像した時のように頭の中にイメージのような形で浮かび上がりました。
自分でもどうしてよいのか判らずただ、布団の中に隠れる事しか出来ません。
「うさぎのぬいぐるみほしかったの…」
「ママが買ってくれるって約束してくれたんだよ」
「名前はミミちゃんにするの」
今度ははっきりと耳で女の子の声を聴く事が出来ました。
布団を跳ねのけて部屋の電気を点けようとした時の事です。
窓から差し込む僅かな街灯の明かりが少女の姿を映し出したのです。
ちょうど5歳くらいの背丈で可愛らしいワンピースを着ています。
暗いので顔までは確認出来ませんが、肩まで髪の毛が伸びていました。怖くなって体が動きません。
少女はその場から動く事無く、手をすっと差し出してきたのです。よく見ると手には可愛らしいがま口の財布が握られていました。
私も同じくらいの娘がいるので妙な親近感を覚えてしまいました。そっと近づいて財布を受け取る事にしたのです。
すると少女は私の顔を見上げてにっこり微笑みました。
「ありがとう…」
「大事にするね」
そう言ってすーっと消えていったのです。胸にこみあげてくるものを感じて思わず涙が流れました。
玄関を開けて洗濯機の中を覗くとぬいぐるみは消えていました。
きっと、さっきの少女が持っていたのだと納得してそのまま眠りにつきました。
翌日、朝一番に出社して売り場でうさぎのぬいぐるみの数を数えたら1つ足りません。
昨日、あの少女がどうしてもこのうさぎのぬいぐるみが欲しくて私の所に現れたのだと勘苦心しました。
こんな話、従業員に話しても誰も信じてくれるはずがありません。
数が1つ減っていると在庫が合わないのでレジを打って自分のお金を入れようと思いました。
すると、レジの中にうさぎのぬいぐるみと同じ価格のお金が入っていたのです。
レジは閉店後に空にして盗難防止のために必ず引き出しを開けて帰ります。お金が残っている事は絶対にありえません。
きっと、亡くなった少女がどうしてもぬいぐるみが欲しくて私の元に買いに来たのだと確信しました。
嬉しさのあまり、涙が止まりませんでした。
私は休憩室に掛け込んでそっとハンカチで涙を拭きました。
するといきなりテレビのスイッチが勝手に入ってニュース番組が流れてきたのです。
温かいなぁ・・・・
ためはち