この世のものとは思えない光景
投稿者:とくのしん (65)
学生時代、新聞販売店でアルバイトしていたとき、今思い出してもあれほどおぞましい光景はないという話です。
私の担当していた区域の外れにAさんという一家がいました。
Aさん宅は老夫婦の交代読者で定期的に契約をしてくれるお客さんでした。
交代読者とは定期的に新聞の契約を変更するお客さんを言いますが、販売店からのサービス欲しさに、コロコロと替えるお客さんがほとんどで中には必要以上に要求してくるお客さんもいます。
Aさんも例外ではなかったのですが、ただ必要以上に要求してくるというわけでもありませんでした。
ただ、サービス欲しさに次から次へと契約をしてしまうため、契約が重複するということが多く、そのたびに「契約期間をズラしてほしい」と連絡してくるのです。
当たり前の話ですが、他の販売店の契約よりも私との契約が早ければ後者を優先させるべきなのですが、相手が学生ということもあり私に何か言いやすかったのか、いつも私との契約を後回しにしてくれとお願いしてきました。
多少悪いと思っていたのかAさんは他と半年契約のところ自分は1年契約をしてもらったりと、多少他とは差をつけたりしてもらっていましたが、だんだんと金払いが悪くなっていきました。
契約にだらしのない購読者はお金にもだらしない傾向が強く、そんなことをしているうちにAさんも2か月3か月滞っていきました。
なんだかんだ遅れても完済していましたが、何度も訪問したりAさんが指定してきた期日に行かなければならないということが多くなりました。
しかし指定してきた期日に行っても「お金がない」と払ってもらえないことも多くなり、「他の新聞屋さんで溜まっていた分を払ったからお金がない」などと悪びれることなく言われることもあって、こちらも少々強く出たりするとAさんの旦那が大きな石をもって追いかけてくるなんてこともありました。
そんなことが続いて「もうAさんは契約しなくていいな」と私は契約を勧めようとしませんでした。
その年の契約が終わるころ、いつもお金を持ってくる奥さんではなく、旦那が持ってくることが多くなりました。
旦那はあまり新聞を取りたがらないような印象でしたから、私も契約を勧めたことはありません。
最終月、無事に購読料を集金できたときに「これでAさんとも縁が切れる」と安堵したものです。
それからしばらくするとまたAさんが新聞を契約していました。
拡張員と呼ばれるセールス専門の外注が契約を取ってきたのです。
仕方なく集金にいくと久々に奥さんに会いました。すると奥さんがかなりやせ細った姿で出迎えてくれました。
見た目80~100kgはあったと思います。その奥さんが半分くらいになっているではありませんか。
「奥さんしばらくです。お元気にしていました?」
「いやね新聞屋さん、随分痩せたでしょ?入院してたのよ私」
「大丈夫なんですか?」
「うん、もう大丈夫よ」
そんなたわいもない会話を交えながら代金を支払ってくれました。
今回の契約は3か月とAさんにしては短い契約で、普段だと最低半年、長くて1年という契約がほとんどです。
拡張員のサービスにつられて3か月にしたのかと内心思っていましたが、金払いのことを考えると3か月がいい具合だなと納得していました。
それから次の月もその次の月も普通にお金を払ってくれましたが、月日を重ねるごとに奥さんの顔色が悪くなっていくのがわかりました。
「もうあんまり長くないかな」
私の担当地区の購読者は比較的年配の方が多く、Aさん同様に体調を悪くされる方が珍しくありませんでした。
当然、中には亡くなってしまう購読者もいたことがあり、直感的にそう感じていたので最後の月も契約の話はしなかったし、奥さんも珍しく切り出してきませんでした。
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