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呪い・祟り

凍さんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

私を撮らないでください
長編 2022/02/20 23:01 5,170view
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私は九州の交番の巡査です。

去年の春、私が勤める交番に緊急通報がもたらされました。近くの十階建て雑居ビルの屋上に女性が立っているというのです。恐らくは自殺未遂です。早く止めなければと自転車に跨り駆け付けると、現場には既に大勢の野次馬が詰めかけ、こぞってスマホを掲げていました。

「自殺ってマジ?」
「あそこ立ってるよ。やばー」
「見世物じゃないんだぞ!」

他人事めいて動画や写真を撮影する連中をカッとし、一喝すれども効果はありません。特に最前列の若者は生き生きしていました。屋上の柵の外側にはショートヘアの若い女性が立ち、絶望的な表情でこちらを見詰めています。

まずいことになった……。

後ろ手に柵を掴んだ女性は前のめりでぶるぶる震えています。もはや一刻の猶予もないと判断し、エレベーターで最上階に向かい屋上の鉄扉を開け放ちました。

「馬鹿なまねはやめろ!」
「来ないで!」

一歩踏み出して制すも、女性は完全にパニックに陥っています。ヒステリックに叫んで今まさに跳ぼうとする背中に手を伸ばし、決死の説得を続けました。

「死んだら家族が哀しむぞ」
「いません。両親は十年前に事故で亡くなりました」
「じゃ、じゃあ友達は」
「いません。彼氏にはうざいから死ねと言われました」

女は淡々と無表情に語ります。私が言葉に詰まると、眼下に群がる野次馬を虚ろな目で見下ろして呟きました。

「私が死んで哀しむ人なんてこの世のどこにもいません。みんな喜びます」

次の瞬間、彼女は屋上の縁を蹴って宙に身を躍らせました。数秒後、悲鳴とどよめきが上がります。真下を見ると女が潰れており、野次馬がその周囲を取り巻いてシャッターを切っていました。
女を助けられなかったショックにも増して私をうちのめしたのは、彼女の遺体の写真がグロ画像としてSNSに出回った事です。投稿者は現場に居合わせた野次馬に違いありません。

いくら自分で死を選んだとはいえ、若い娘の最期を晒し者にして憚らない連中に同情と義憤を覚えました。不幸な女性の遺体写真はSNSで拡散され炎上……不謹慎だの非常識だの叩かれても一部の者たちが面白がって広めていくのですから手に負えません。

捜査の結果遺書が見付かり、女性が仕事のストレスと失恋で心を病んでいた事がわかりました。とはいえ死んでからどれだけ追い詰められていたかわかった所で何もできません。この事件は私に人の醜悪さとSNSの負の側面を見せ付けました。

一か月後……パトロールの最中に例の女性の事を思い出し、現場に立ち寄りました。助けられなかった後ろめたさをごまかすため、その後の遺体写真の拡散を防げなかった謝罪に、せめて手でも合わせようと思ったのです。

雑居ビルに着くと同時に異変を察しました。歩きスマホをしている通行人が一様に怪訝な顔をするのです。ある者は立ち止まり周囲を見回し、ある者は舌打ちし、苛立たしげに液晶にタッチしています。

「くそ、急に繋がらなくなった」
「ここって圏外?嘘でしょ、街のど真ん中だよ」

不満を漏らして足早に去っていく人々を見送り、制服からスマホを取り出しました。自分で試してみた所確かに繋がらず当惑します。おかしい、一か月前に駆け付けた時は通じたのに……わけがわからず立ち尽くしていると、得体の知れない視線を感じました。

頭上を振り仰いだ私の目にとまったのは、屋上の柵を後ろ手に掴み、危なっかしく前傾している女性でした。女は瞬きもせず目を見開き、何かブツブツと言っています。この距離からでは到底聞こえるはずのない声が、脳裏に直接響いてきました。

「私を撮らないでください……」

女の言葉を理解した瞬間、手が滑ってスマホを落としました。道のど真ん中で放心する私を不審げに一瞥し、通行人が過ぎ去っていきます。その後急いでスマホを拾ってポケットに突っ込み、全力で自転車を漕いで帰りました。

しかし恐怖はまだ終わりません。

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