私を撮らないでください
投稿者:凍 (8)
翌日の夜、街で男が喧嘩していると通報を受けて自転車に飛び乗りました。現場に到着するやいなや、見覚えある光景に青ざめました。そこは例の女性が飛び下りた雑居ビルの前だったのです。匿名の通報者は既に見当たらず、ビルの前には学生風の若者が一人倒れています。片手には液晶が割れたスマホを握り締めていました。
若者は病院に運ばれたものの結局助からず、傷害致死事件として処理されることになりました。
週末の夜に繁華街で起きた事件であり、現場から逃亡した暴行犯はすぐ見付かるだろうと言われていましたが、予想に反して捜査は難航します。
理由は簡単、事件発生時刻に現場に居合わせた人々のスマホが全て故障していたからです。
通行人は壊れたスマホに注意を持っていかれ、すぐ近くで殴る蹴るされている若者にまるで関心を向けなかったのです。数少ない目撃者の記憶もあやふやで犯人の特定には至りませんでした。
被害者のスマホは証拠品として押収されたのですが……数日後、所轄の友人と居酒屋で飲んでいる時に衝撃的な真実を打ち明けられました。
「実はな、被害者のスマホから妙なものが出てきたんだ」
「妙なものって?」
「グロ画像だよ。めちゃくちゃに潰れた女の死体」
嫌な予感がしました。
説明を聞いているうちに疑惑は確信に代わり、被害者が一か月前の野次馬の一人だと確定します。どうして真っ先に気付かなかったのか、最前列でスマホを掲げ、はしゃいでいた青年でした。被害者のSNSアカウントには女性の遺体画像がアップされ、かなりのいいねを稼ぎ出していたそうです。
「他人の死体でいいねをもらうってどんな気持ちなんだろうな」
顔をしかめて独りごちる友人に答えられず、苦い酒を飲み干しました。
現在も女性が飛び下りた雑居ビル前ではスマホの電波が切れます。若者を殺した犯人は見付からないまま、繁華街のど真ん中にもかかわらず、自殺者の呪いで圏外になるスポットとして噂になっているそうです。
最近になり、新しい幽霊の目撃談が囁かれ始めました。例の雑居ビルの前に血まみれの若者が立ち、俯き加減にブツブツ呟いているというのです。
「俺を撮ってください……」
彼がどんなに望んだ所で壊れたスマホでは心霊写真が撮れません。こうして女性は復讐を果たしたのです。
※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。