行方不明

10年ほど前、私が高齢者介護施設で事務員として勤務していた頃の話です。

その施設は認知症で徘徊癖のある高齢者が多数入所されていましたが、セキュリティが甘く、いつの間にか入所者が抜け出し行方不明になるという事が日常的に起きていました。

すぐに見つかることも多かったのですが、中には健脚で、施設から30キロも離れた場所で警察に保護された方もいます。

入所者の所持金は事務員が管理しており、電車やバスに乗るお金は持たせていないので、徒歩でどこまでも行ってしまうのです。

もちろん、入所者がいなくなれば介護士が探しに出かけ、事務員である私も時々駆り出されました。

見つかるまでは勤務時間を過ぎても帰れる雰囲気ではなく、いなくなった人にも、施設の管理の杜撰さにも正直なところ鬱陶しさを感じたものです。

しかしある時、同施設の系列施設から20代半ばの若い男性介護士(Ｆさんとします。)が異動してきてからは、少し状況が変わりました。

というのもこのFさん、行方不明になった方の居場所を直感で突き止め、見つけることが出来るという謎の能力？を持っていたからです。

最初はＦさん自身も「なんとなくこの辺かと思って来たけど、本当にいるとはびっくり。」なんて笑っていました。

が、あまりにもFさんがよく見つけること、そしてみんなが「そんな所にいるって何で分かったの？」と不思議に思うような場所で見つかることが多く、気味悪さを感じるほどでした。

Ｆさん曰く、「いなくなった人の顔を思い浮かべた時に、背後にうっすらと風景のようなものも一緒に浮かび上がる。それを手がかりにしている。」とのこと。。。

ある日、いつものように認知症の女性入所者がいなくなり、探しに出かける際にＦさんが「今日はちょっとだめかも。」と深刻そうな顔をしたことがありました。

Fさんの予想通りその日は見つからず、警察に引き継いで帰りましたが、翌日近くの溜池で水死体として見つかりました。

そのような事があった後も施設の管理の杜撰さは変わらず、地元でも評判の悪さが徐々に浸透したせいか数年後には潰れてしまい、未だにFさんの特殊能力については謎のままです。