あの世ですらない場所
投稿者:青鷺 (3)
俺の父は迷信深い人でよく三途の川の話をしてくれた。
三途の川は死んだ人が舟に乗って渡る川で、対岸はあの世なのだそうだ。行ったら二度と帰ってこれない。
川沿いの遊歩道を手を繋いで歩きながら、鉄橋を渡っていく電車を眺め、淡々と語る父の横顔を追憶する。残照に染まり赤く輝く顔は逆光で表情を判じかね、俺の見慣れた父とはまるで別人に思えた。
父が亡くなったのは小5の春先、会社帰りの不幸な事故。近所の横断歩道で車に轢かれて帰らぬ人だった。
稼ぎ頭に先立たれ我が家は困窮した。母は慣れないパートを始め、俺はいわゆる鍵っ子になった。夕飯はお袋が持ち帰る売れ残りの総菜パンや菓子パンで済ます事が増え、やがてアパートの家賃の支払いも滞る。
一念発起したお袋は仕事が軌道に乗るまで、俺を父の実家に預ける決断を下す。
「いい、優。なるべく早くむかえにくるから、それまでおじいちゃんおばあちゃんの言うことをよく聞いていい子にしてるのよ」
「わかった」
お袋が生活を立て直すまでの辛抱だ。本音を言えば田舎暮らしなんてまっぴらごめんだったけれど、到底わがままが許される雰囲気じゃない。友達と別れて転校するのも辛い。
唇を噛んで俯く俺の頭をやさしくなで、祖父母に頭を下げて去っていくお袋。
父親を亡くした傷心の癒えない孫に、祖父母は優しくしてくれた。こちらも母との約束を守り、祖父母に迷惑をかけないようがんばった。
ある日の夕食中、祖父が言った。
「友達はできたか、優」
「うん、まあ」
嘘だ。本当はできてない。学校では常にひとりぽっちで本を読んでいる。父が存命中はゲーム漬けで過ごしていた都会っ子が、田舎の小学校に簡単に馴染めるはずもない。
などと真実を述べれば祖父母に心配をかけるのはわかりきっていたので、咄嗟に嘘を吐いた。幸い祖父母は俺のでまかせを真に受け、ご飯を咀嚼しながら相好を崩す。
「それはよかった。優は細っこいからいじめられてるんじゃないかって、ばあさんが心配してたんだ」
「いやですよおじいさん。ああでも優ちゃん、山に入る時はくれぐれも気を付けて。あんまり奥に行っちゃだめよ、迷子になるから」
「わかってる」
もそもそご飯を食べながら頷けば、祖父は箸の先端を回す。
「とは言っても、クワガタとか蝉がわんさかいるからな。子供にはいい遊び場だ」
「恭介も小さい頃よく山に入ってたわね」
「お父さんも?」
それまで見向きもしなかった山に初めて興味が出た。
大好きな父が上った山に挑戦したい冒険心が疼き、ごちそうさまを言って部屋に引っ込む。
翌日、俺はとぼとぼ俯いて下校していた。校庭には同級生が居残ってサッカーをしている。突然後頭部に衝撃が走った。クラスのガキ大将が蹴ったボールが頭を直撃したのだ。
たまらず涙目で蹲れば、わざと狙って当てたガキ大将が笑い転げていた。
「よけろよグズ!」
「だっさ」
さんざんにひやかされ、逃げるように校庭を後にする。情けなくて恥ずかしくて死にたい。ガキ大将と取り巻きに嘲笑を浴びせられた瞬間、プツンと理性の糸が切れた。
お母さんはなんでむかえにこないの、俺のことほっといて平気なの、ひょっとして忘れちゃったの……脳内で疑問符が吹き荒れて孤独に冷えた心を締め付ける。
とても惹き込まれる話だった
書き方がお上手ですね
怖いけど、すこし悲しい
何もないのが向こう側の父親のセリフに現れてるのか
怖い
読ませるねぇ。
此岸と彼岸を区別してるから「俺」はどっちが偽物かわかっていたんだな。
でも此方はイジメがないよ母さんが待ってるよって甘言があったら行ってしまう危うさがあった。
難しい言葉を使うのが好きな作者さんなのね。
とても面白かった
最後は本当のお父さんだったのかな
どちらにせよ切なくて良い
面白かった!
恐くて物悲しい、とても美しい物語だと思った
まさかこの手の「怖い話」で『美しい』という思いを抱くとは思わなかった
なんにせよ素晴らしい作品に触れることができて感謝の念に堪えない
(作者はもしかしてプロのかたなのだろうか?)
beautiful.
大変な思いしているようだが、頑張ってほしい。好きなことを見つけて、そこに打ちこんでほしいね
お母さんの呼び方が「お袋」と「母」となっていますが、統一したほうが読みやすいかと思います。