――ある地方紙に寄せられた、未掲載の投書より
※文章は匿名希望の投稿者が2021年秋に編集部へ送ってきた手記の一部であり、事実関係の確認は取れていない。
三年前のことになります。
大学を卒業して間もない頃、私はある市の土木調査会社に就職しました。地味な仕事でしたが、山林の地形測量や、林道の整備に関する下見調査などを地元自治体から受託していて、実地作業が多かったのは肌に合っていました。
その年の秋、私は先輩社員のSさんと一緒に、とある山域の調査に向かいました。場所は県境に近い山中で、林道はほとんど廃道。現地には地図にすら載っていない池が点在していて、照葉樹が多く、湿気が強い場所でした。
車を降りてから30分ほど歩いたところで、私は一度だけ妙な音を聞きました。
ぱしゃん、と水を叩くような音でした。
でも、池は視界に入っていませんでした。
ただ、耳元で鳴ったような気がしたのです。
Sさんは何も言いませんでした。
黙ったまま、手元の地図を見ていたようでした。
午後三時すぎ、目標地点の尾根に到着した私たちは、GPSの補正作業をするためにしばらく足を止めました。風がほとんどなく、虫の羽音すら聞こえません。まるで森全体が沈黙しているような感覚でした。
奇妙なことが起こったのはその時です。
私が見回し用の双眼鏡を取り出そうとザックを開けると、中に入っていたはずの“目印用の赤リボン”が見当たらないのです。確かに出発前に入れた記憶がありました。念のため、Sさんの荷物も確認してもらいましたが、そちらにも入っていませんでした。
「忘れたのかな」
そう言ってSさんは笑いました。
でも、私ははっきりと、入れた記憶があったのです。
代わりに、ザックの底に見覚えのない“濡れた布”がありました。
Sさんはそれを一瞥して、何も言いませんでした。
GPSの電波が不安定になってきたので、私たちは早めに下山を始めました。下りは来た道を戻るだけ……のはずでした。
でも、途中で道が“ずれていた”のです。
記憶と微妙に違う。
倒木の位置が変わっている。
マーキングしたはずのテープが見つからない。
Sさんは口数が減り、何度か空を見上げていました。
「……太陽が、傾きすぎてるな」
そう呟いた彼の顔は、やけに白く見えました。
林道に戻ったのは日が完全に落ちてからでした。
私は道の端で靴を脱いで、泥を払おうとして、あることに気づきました。
靴の裏に、鏡のかけらのようなものが貼り付いていたのです。























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