私が大学生だった頃の話です。
授業の関係でいくつかの学生棟を移動することが多かったのですが、週に二度ほどある女性を見かけることがありました。
多くの学生の中でもひときわ目に留まる、肩より少し下まで伸びた綺麗な金髪が特徴的な女性でした。
ただ、一つ気になることが。私はその女性の顔を見たことがなかったのです。
それなりの頻度で見かけているのに、私が知っているのは彼女の後ろ姿だけでした。
不思議に思ったこともありましたが、彼女も私も大学生。彼女にも移動するスケジュールがあるのだから、ある意味うまく噛み合っているだけで、何も不思議なことはない。
そんな風に納得して、日々を送っていました。
ある時、学内の友人に彼女の話をしました。
金髪を綺麗に靡かせて歩く彼女の後姿を語り、馬鹿にされるだろうなと思った私ですが、意外なことに彼も同じ話をしようとしていたとのこと。
今度見かけたら意地でも顔を見に行ってやる。なんて会話になりかけたところで授業が始まり、そのまま彼女の話題は打ち止めになりました。
私の彼女に対する興味も落ち着きを見せた頃、授業の合間、彼から突然着信がありました。
その日、彼が学校に来ていないことについて聞こうとした私ですが、なにやら様子のおかしな彼。落ち着いて話し始めるまでに、少し時間がかかるほどでした。
なあ、俺、見ちゃったんだ。
そう言った彼の声は焦っているようにも、怯えているようにも、悩んでいるようにも聞こえました。
彼はこう続けました。
あの女がいたから、顔を見に行ったんだ。後ろから早歩きで近づいて、追い越しざまに振り向いて、絶対に顔を見たんだ。
でも、何故かは自分でもわからないけど、どんな顔だったのかまるで思い出せないんだ。でも、絶対に俺は見たんだ。
彼の話を理解しようとしているうちに電話は切れ、以降こちらから連絡をしても返事はなく、それから彼が学校に来ることはありませんでした。
こうして文章を記している中で、気づいたことが一つあります。
あの女性の顔を見た彼、同じ授業を受け、時には昼食を共にし、プライベートで遊ぶこともあった彼。
なぜだか今、どれだけ思い出そうとしても、彼の顔がまるで浮かんでこないのです。
























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