彼女は生きづらさが服を着たような人だったので、急にひと月ほど連絡が取れなくなって、死んだのかなと考えていたところだった。だからスマホの着信画面に、彼女のアイコンがだしぬけに表示されたとき、僕はとても驚いた。
「生きてたの!?」
ひどい一言だが、思っていることがそのまま口から出たのだからしかたがない。
「入院してた」
彼女は僕の言葉に腹を立てるでもなく、こともなげにそういった。続けて、入院に至った理由を話したのだが、それがあまり要領を得ない説明だったので、ちょっと僕が要約してみることにする。彼女が言う入院は、つまりは措置入院というやつで、都知事の命令で強制的に入院させられたということだった。贔屓のホストにもらった薬を飲んだら、矢も盾もたまらず死にたくなって、西武池袋線の線路の上に寝転んでいたらしい。幸か不幸か、電車より速く警察が走ってきて、そのまま世田谷の精神病院に担ぎ込まれたのだという。入院中はスマホを取り上げられて、連絡ができなかったということだった。
「ひどかったんだよ。ベッドに手や足を縛られて、痛いって叫んでも誰も来てくれないし」
強烈なエピソードに困惑して、それは大変だったねという、いたわりのような、感想のような、あまり中身のない相づちしかできない僕に、彼女は入院生活について詳しく聞かせてくれた。入院させられてしばらくたって、ホストにもらった薬の症状が落ち着くと、彼女は二人部屋に移されたという。そこで相部屋になったのは久美子さんという七十代くらいのおばあさんで、一緒にテレビで相撲を見たりなどしているうちに仲良くなったそうだ。お互いに、どうして入院しているのかという身の上話もしたという。彼女の話に久美子さんは同情し、「ホストなんてやめておきなさいよ」などと心配してくれたそうだ。
そういう久美子さんの身の上はというと、男に追われていて、この病院に逃げてきたということだった。しかし男は執拗で、今でもこの病院の中に忍び込んで久美子さんを探しているのだという。その話を聞いた彼女も、今の僕と同じ考えに至ったようで、要するにそういう妄想なんだろうなと理解したらしい。だからことさら詳細を尋ねることはせず、それは大変でしたね、という、ちょうどさっきの僕と同じような当たり障りのない受け答えをしたという。
「本当に妄想だったらよかったんだけどね」
そう言って彼女は、そののちの晩のことを話し始めた。夜中に人が動く気配がして目を覚ますと、隣のベッドの上に立ち上がる久美子さんの影がカーテンに映っていたという。トイレだろうかなどと寝ぼけた頭で考えて、もう一度目を閉じると、おばあさんは男の人の声色で、久美子お、久美子お――と、自分のことを探し始めた。
























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