くらやみ坂の神隠
投稿者:古老から聞いた話 (1)
ある日、「くらやみ坂」を少年が歩いていました。大正時代が終わり、昭和が始まったばかりの頃。不況と飢饉が人々を苦しめた時代の昔話です。
暗い暗い夜のことでした。月明りのない新月の晩。十歳にも満たない年頃の少年が、明りの入った提灯(ちょうちん)を手に持って傾斜のきつい坂を下っていきます。
少年は震えていました。
夜道が怖かったのでしょう。木の葉が揺らめく音、どこか遠くで聞こえる鳥か獣の鳴き声。暗闇でほとんど目が見えない分、耳で聞こえる音だけが世界を認識する頼りです。だから少年は少し音がするたびにその方向を振り向いて、「今のは何の音だったか」と怖がりました。
さっきから、少年は何度も何度も後ろを振り返っています。
夜道では何か後ろに付いてきているような錯覚を感じますからね。少年の行動は何の不思議もありません。
「くらやみ坂」を半分ほど下りたころ、提灯の明りがフッとかき消えました。
少年はさぞ慌てたことでしょう。
突然、頼りにしていた提灯の明りが消えたのですから。辺りは真なる闇。何も見えない闇の中。民家なんて近くにない坂道の中腹。うっそうと茂る雑木林と、人の道行きを見守る道祖神が一体あるだけ。
声が聞こえました。
少年の声ではない何かの声。
「火が消えた」
「確かに消えたぞ、確かに確かに」
声の主は2つ。地の底から響くような低いトーンの不気味な声。ヒソヒソと、押し殺した調子で雑木林の中から話しています。
「オトコか、オトコなら山だ。オンナならオキヤだ」
「カワイソウにな、カワイソウに」
声の主はそんな会話をした後、突然けたたましく笑い出しました。ハハハハハハ、フッフッフッフッ。闇の中に響く笑い声。
少年のおびえる悲鳴が聞こえてきました。笑い声に驚いたか、それとも声の主の姿を見たか。
しばらく悲鳴をあげていた少年の声がプツリと途絶えました。
それっきり、少年はこの世から消えてしまいました。
「くらやみ坂」には少年が手に持っていた提灯がひとつ、中に収まっているロウソクの火が消えた状態で落ちていました。
少年は神隠しに出会ったのです。
※
「くらやみ坂」の近くにある村の大人たち。
「神隠し」のことを、大人たちはよく知っています。
神隠しに出会い、連れ去られるのは必ず一家の次男や三男、それ以降でした。長男は神隠しに絶対に出会いません。
女の子の場合は長女であっても神隠しと出会ってしまいます。
「口減らし」って知ってますか?
あの頃はどの家庭も子供をたくさんこしらえていました。養いきれないほど多く産むこともね。奉公に出そうにも真っ当な奉公先はありません。世界的な大不況の時代でしたから。
養えないからって、わずかな金銭と子供を引き換えに「神隠し」だなんて狂言まで仕組んで……
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