かわいそうな女の子

閉店間際のスーパーで割引品の惣菜を買うのが日課だった俺は、その日も夕方８時過ぎに買い物をしていた。

この日はいくつかの弁当が半額になっていて、明日の分も買えてラッキーと思いながら店の外に出ると、駐車場で若い母親が娘を引っ叩いていた。

おいおい、いくら夜でもまだ人がいるのに……と思いながらも我関せずで帰宅しようとした俺だったけど、無抵抗の娘を何度も叩く母親に段々と怒りが込み上げてきて、「やりすぎじゃないですか」とふたりの間に身体を入れる。

「はぁ？　なんにも知らないで……」と、娘に向けていた嫌悪感むき出しの目を今度は俺に向ける母親。

「いや、知らないですけど、叩き過ぎでしょ」と娘を見下ろすと、彼女は両手で頬を抑えながら俯いている。

「これ、虐待ですし、警察に通報しますけど」と脅すようなことを言った俺に、母親は舌打ちしながら「じゃああんたが育てたら」と捨て台詞を残し歩き出す。

「ええ……ちょっと！」

追いかけようとする俺の裾をギュッと握ったのは、残された子供だった。

彼女は５歳くらいの女の子で、震える手で、縋るように俺を見上げる。

そうだ。この子は虐待されてるんだ。ここで保護しなきゃ、家に帰ってからあの母親にまたやられる。

俺は女の子の手を取り、一緒に家に向かうことにする。

その子は歩きながら一度母親の方を振り向いたけど、きっと哀しい表情をしていたんだろうと思う。

そして間抜けな俺は、家に着いてから気付く。

いや、交番に行かないと。これじゃ誘拐じゃないか、と。

あの女に「あんたが育てろ」と言われ、売り言葉に買い言葉じゃないけど、無意識にじゃあ俺が育ててやるよみたいな気になってしまったのだろうか。

女の子はお腹が空いた様子だったので、さっき買った半額弁当を温めてあげた。

ふたつ買っておいて良かったと思いながら風呂にお湯を入れ、食後に一緒にお風呂に入る。子供服なんて当然うちにはないから、俺のTシャツを着せる。膝上くらいの長さでちょうどいいねと言うと嬉しそうに笑った。

時間はもう深夜０時近くになっていて、ひとつしかない布団で俺たちはくっつきながら眠った。

明日警察に行こう。今日はもう疲れたし、この子だってまだ混乱してるだろう。

母親に虐待され、知らない男に保護される経験なんてしないに越したことはないし、この子に深い傷跡を残すことにならないといいけど……。

スーパーの前で言われた母親のセリフを反芻しながら、俺は眠りに落ちた。

――カタカタという音で俺は目を覚ます。

時計を見るとまだ２時。

外を見て確認するまでもなく深夜で、虐待する親から引き離してきた、隣に寝ているであろう女の子に触れようとするけれど、少女の姿はどこにもない。

「あれ……」

小さなワンルームのアパートではいる場所なんて限られていて、まぁまず間違いなくトイレだろうと思ったけど、トイレの明かりは点いていない。

どういうことだ？　まさか寂しくて母親の元に帰ろうと外に出ていってしまったのか？

いや、あの子の身長じゃドアロックは外せないだろうし、そもそもあんなに叩かれた親の元になんて帰りたいと思うか？

……子供なんてそんなもんか。というか、俺の方が不審者だよな、彼女にとっては。

そんなことを考えながらも暗闇に目が慣れてきた俺は、玄関へ続くキッチン前の廊下に人影があることに気付く。