火の見櫓
投稿者:take (96)
昨年の夏、彼女と小旅行に行った時の話です。
コロナ禍でここ数年どこにもいってないし、せっかくの夏季休暇だから、
車で遠出するくらいはしようか、ということになりました。
行き先は彼女の生まれ故郷で、盆地地形で歴史ある街並みが多く、観光地としても有名な所です。
とはいっても、彼女が中学生のときに県外に引っ越しているので、
親もきょうだいも住んでいません。
彼女は昔住んでいたあたりを通りかかると、
「駅前はお店がいっぱいできて賑やかだけど、ここはあんまり変わってないなー」
懐かしそうに、車窓を流れていく景色を見ていました。
田畑や雑木林が目立つ、牧歌的な風景です。
交通量も少ないので、のんびり走っていると、彼女が声を上げました。
「あ、まだ残ってたんだ」
「え? なにが」
彼女が指差す方向を見ると、最近ではあまり見られない建造物が建っていました。
火の見櫓です。
すこし離れたところで路肩に車を停め、火の見櫓の全景を眺めました。
骨組みや梯子は鉄骨で、長年の風雨にさらされ、かなり経年劣化が激しいようです。
「今は使われていないみたいだね」
「うん、私が子供の時から、すでに使われてなかったね、老朽化が進んで危険だからって」
「だろうね」
「でもね、ちょっと不思議なことがあったんだよね」
彼女が小学3年生の時、夜中に半鐘を鳴らす音で家族は目が覚めたそうです。
その音を聞きつけた近所の人たちも目を覚まし、窓を開けたり、外を見て騒いでいました。
近くの一軒家から火が出ていたのです。
幸い発見が早く、小火で消しとめられ、怪我人はなかったそうです。
「だけど、その頃はもう半鐘は取り外されてたんだよ、不思議でしょ」
彼女はそう言っていましたが、私には見えていました。
見張り台に立って、周囲を眺めている中年の男性が。
彼はこれからも町の安全を見守っていくのでしょう。
「町の守り神みたいなものかもね」
「そうかもしれないね」
心霊話が苦手な彼女には伝えず、私はゆっくりと車を発進させました。
なんだか綺麗な話