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心霊

すだれさんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

青紫の執着
長編 2022/12/06 21:29 3,245view

「小さい頃ってさ、ホントに何も知らないからわからないんだよね、それが実在してるモノなのか、」

近付いて大丈夫なモノなのか。

友人に手渡した紙コップの中。黒いコーヒーが湯気を立てて波紋を広げている。
震えの原因が外気の冷たさだけではないなら、当時を思い出して震えているのなら、無理に記憶を掘り返してでも聞くつもりはなかった。
心霊体験を聞き出す、という動作そのものが、彼らの何かを解決できるとも断言できない無責任なものなので。

「霊的存在…というのか、そういう存在との付き合い方を教えてくれる人間はいたのか?」
「あー、ばあちゃんがそうだったかな。でも近くに住んでなかったし、何となく怖かったんだよな」
「怖いのか」
「そう!ばあちゃんの家ってわけわからん草とか絵とか吊るしてあって、今ならアトリエってわかるんだけど、当時近所じゃ『魔女の家』って言われてたんだ」

「ほう」
「日本と北欧の国のハーフって言ってた」
「ああ、じゃあ吊るしてあるものも海外の魔よけのまじないの類だったのかもな」
「魔よけって…海外の魔よけって日本でも通用するの?」
「死生観や宗教観によって幽霊…海外じゃゴーストか、解釈や扱いが大きく異なる部分もあるが、共通する項も存在するよ。それに、海外の妖精が日本にいないとも限らない。何たって日本は八百万の神の存在を許す特異な土地だから」

ここまで聞いた友人は「あ、なるほど…」と何か一人納得するように視線を落とした。見つめる先のコーヒーは幾分か波紋も収まり、漂うコーヒーの香りに友人が目を細めた。ほんの少しだが、落ち着いたらしい。

「じゃあ、あれ、やっぱり助けてはくれてたのかな」

そう話し始めた友人の目はどこか遠く、コーヒーの波紋に当時の情景を映していた。

物心つく頃から友人にはそういった存在が見えて、聞こえていた。

友人の目にはそれらはモノクロに見えているらしく、視界の端に色身のない骨ばった男が蹲っていることもあった。
父や母に向かって「あれは何?」と問うても、母は嘘をつくなと叱り父は他所では言うなよと困ったようにたしなめた。おまけに骨ばったモノクロの男からもギョロリと睨まれる。この存在は他者に知らせても良いことが無い、と学習した友人少年はモノクロの何かが見えても親や友達に言わなくなった。
唯一、祖母にだけはモノクロの存在が見えることを伝えた。というより、ふとした拍子にバレた。祖母のアトリエを訪ねた時、部屋の中を飛び回る灰色の蝶のようなものを目で追っているのを見られてしまった。祖母は蝶を窓から外へ逃がすと、「眺めるだけにしておけ、ちょっかいを出さなければイタズラもされない」と友人に言い聞かせた。霊的な存在に関する、初めてのアドバイスだった。

「ばあちゃんの家、俺が住んでた所から歩いて行けなくもないけどちょっと遠かったから、通うとかはできなかったんだ。まじないの品もあんまり馴染みのないのが多くて怖かったし。通って、もっと教えてもらえてたら良かったのかな」
「先人が子供にそういった霊的存在に関する知識を与えるかどうかは機会の有無だけじゃないようだからなぁ…。受け売りだが、そもそも深入りするべきではない存在だし。子供のうちは好奇心が勝って危険か否かの線引きが守れないらしいから」
「その受け売り、お前も誰かから言われたの?」
「自分は心霊経験があるかは曖昧だが、親からは口酸っぱく言われたし何なら今でも友人たちから言われる」
「首突っ込むなって?何か想像つくなぁ」

ケラケラ笑う友人。普段なら話の続きを催促するが、少し前のコーヒーの不安げな波紋を思い出し、本人のペースを尊重すべく落ち着くのを待った。待つ間、不貞腐れた顔でいたぐらいは許されたい。

「アドバイスもらった後も過ごす分はあんまり変わらなかったなぁ。周りにはやっぱり言えずじまいだったし、視界の端にいるモノクロのアイツらに見えてるのを悟られないようにしてた。でもこれが同じように見えてる、自分が見てる景色を共有できる他人がいる、その事実は、子供心ながらに支えになってたよ」

だから、あの時も自然と足が向かったんだと思う。

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