青紫の執着
投稿者:すだれ (27)
友人少年はその日もいつも通り放課後の帰路についていた。クラスメイトと遊ぶ約束もなく、真っすぐ家に帰るつもりでいた。
そんな友人の足元に、朝通る時には無かったものが落ちていた。
小さな花束だった。
「青紫の花を束ねて、透明なフィルムで包んで根っこの部分を輪ゴムで留めてる、そんな素朴な花束だった。店で買ったものっていうより手作りっぽかったな」
友人は立ち止まって花束を見た。花束が落ちていたのは車道で、歩道から出て拾いに行くのは危ない、と思った友人はそのままその場を立ち去ろうと前を向いた。
そこには、
「女の人の形をしてた。ヒョロヒョロの細長い身体と手足で、白い服着て、長いまっ黒な髪だった」
やや猫背で髪を前に垂らしている女の顔は隠れて伺えない。
よく見るとユラユラと身体は揺れている。
白い服から伸びる手足は色がない。
骨ばった右手には、
落ちている花束と同じ青紫の花が花弁を散らすように握られていた。
次の瞬間、車道に落ちていた花束の上を車が通過し、グシャリと潰れた花束から青紫の花弁が飛び散った。
その音と視界に舞った花弁、鼻につく花から発せられていると思しき匂い、ゆっくりとこちらを向こうとする女に、友人は弾かれたように走り出しその場から離れた。
「当時は本当にパニックだった。地面に落ちてる花束、どう見てもあの女の人のモノだ。でも女の人はモノクロで、なんで花束は『青紫』なのって」
「花束も霊的存在の領域のもののはずなのに、モノクロではなく色付きで見えたってことか」
「今までの法則が通用しない、しかも多分女の人、俺が見えてることに気付いてる!そう思って、本能的にだと思うけど『逃げなきゃ』って身体が勝手に動いてた」
友人の足が向かったのは誰も帰宅していない自分の家ではなく、異国の物に溢れた魔女の家だった。少し距離はあったが全速力で走った。
女の姿は見えなかったが、走っても走っても道の端に青紫の花が落ちていて、まとわりつくように花の匂いが鼻をついて。
女が友人の後を追ってきているのが気配でわかった。
「怖くて怖くて、大げさだけど捕まったら二度と家に帰れないんじゃないかって。本気でそう思って、転がり込むようにばあちゃんの家に逃げ込んだ」
孫の、勢いのよすぎる唐突な来訪。泣きじゃくる友人に祖母は目を丸くしたが、友人の服のポケットから溢れるように青紫の花が零れ落ちたのを見て顔を険しくし、説明なく友人の服を剥ぎ浴室に突っ込んだ。
隅々までよく洗えとすごい剣幕で言われ、友人は訳が分からないまま言われた通り風呂に入った。少し熱めの浴槽に浸かり、上がる頃には涙も引っ込み気分も落ち着いていた。入浴している間に祖母が剥いた服を洗濯したようで、着替えと置いていた服からは祖母の家の衣類と同じ香りが漂っていた。それを着る頃には、周囲からあの女の気配は感じなくなっていた。
「その後は、親が車で迎えに来た。ばあちゃんと何か話したみたいだったけど、内容は教えてもらえなかった。ばあちゃんの語気が強くて、俺が駆け込んだせいで親がばあちゃんに怒られたのかなってちょっと悲しくなった。でもそれ以降、親がちょこちょこ気にかけてくれるようになったかな。『変なもの見えてないか』って聞かれるとかではないけど、そういうのを見て体調崩した時に休ませてもらえるようになったりとか、そんな感じ」
「おばあ様が親御様を叱った可能性は低いと思うな…。うまいことフォローしたんだと思う。これも受け売りだが、共有や理解が難しくとも、『見えずともこういう存在がある』と許容するだけでも、君らのような見える者たちにできるアプローチはある」
友人はその後しばらくは親に送迎をしてもらった。女は依然として立っていて、花束も車道に落ちていて、友人はそれを見るたび震えたが、車で通過する分は何も起きなかった。そうこうしているうちに女は姿を消していた。同時に、何かを拾いに行くように児童が車道に飛び出す交通事故も起きなくなったという。
「女の真意はわからないが、すぐに女から逃げた事、おばあ様の家に向かった事は英断だったな」
「やっぱりあの時助かったのってばあちゃんのおかげ?」
「そうだな。女の気配と花の匂いが関係してたなら、おばあ様が匿って服から匂いを消してくれたおかげだろうな。君が知らない間にまじないもかけたかもしれないぞ。心強い魔女様だ」
そう言うと、友人は安心したように息をつき、湯気の引いたコーヒーのカップにゆっくり口をつけた。一通り話し終わって渇いた喉を潤しながら、
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