指先の音
投稿者:ヲヲッシュ (5)
就職難だった時期、本当に内定が取れずがっかりしていた所、一件だけ内定が取れたので藁をも掴む思いでそこに就職しました。
そこは小さな地元の企業でしたが仕事の依頼が全国からあり、とても儲かっているようでした。
羽振りの良い給料が私は嬉しく、入社から仕事を一生懸命覚えていました。
その中に、会社の事務所にある神棚を掃除して毎日水替えをする、というものがあり、とても験を担いでいるんだなと思い、毎朝丁寧にやっていました。
社長と専務はとても気が良い人達で、その一方その神棚に非常に気を遣っており、別の社員が忘れてしまったりすると別人のように怒っていたのを見た事がありました。
ある日社長と専務が県外に出張に行った日、長年勤めている社員の方からこんな事を言われました。
「あの神棚何だか知ってる?」
当然分からないので首を振ると、
「あれはこの会社で自殺した人の霊を鎮める為の神棚だよ」
それを聞いて私は驚きましたが、鎮魂の意味を込めるならいい事なのでは、と思いそう言いました。
「でもね、まだ出るんだよその霊が。お寺にあれを頼むまではもっと出てたらしくて、だから社長と専務はあれを大事にしろって社員に過敏になって言うけど、自分では絶対に触らないんだよ」
それを聞いて私は恐ろしくなりましたが就職難の時代辞める訳にもいかず、この会社で何があったのかも聞かないまま過ごしていました。
ある日別室で一人で作業をしていると、トン、トン、と雨粒がどこかに滴っているような音が聞こえてきました。
外で雨でも降りだしたのかなと思ったのですが、そんな様子はありません。
音はどこから聞こえるのだろうと思い見回すと、どうやら頭上のダクトから聞こえてきているようでした。
水漏れか何かかなと思い作業を続けると、またトン、トンと音が聞こえてきました。
頭上のダクトの方を見ると今度はピタリと音が止みました。しばらく見つめていましたが、音は聞こえてきません。
作業に戻ると、またトン、トンと音がし始めました。
私は怖くなってきたのですが、作業をやめる訳にはいかず続けていると、トン、トン、トントン、トントントン、トントンと音が変則的になっていきました。
それは雨漏りというより、人が指先でダクトの壁を叩いている音でした。
そう確信した私はすぐさまその個室から出て、先日話した社員さんの所へ向かいました。
そうすると社員さんは「ああ出たね」とあっさり言い、自分の作業に戻ってしまいました。
もう怖くて堪らなくなった私は、その個室での作業もできなくなり、そんな事があった会社にも居られないとも決心し、しばらくして辞表を出しました。
あの幽霊はどんな恨みを持ってあの会社にずっといるのでしょうか。
あれは私に対するいたずらだったのか、何かを訴えたかったのか、今では分かりません。
ご冥福をお祈りします。