煙草
投稿者:コオリノ (3)
これは、俺が一人暮らしを始めて間もない頃、真冬の寒い時期に体験した話だ。
その日は居酒屋のバイトで残業もあり遅い時間の帰宅となった。
かじかむ手にはぁっと息を吹き掛け、ふわりと立ち昇る自分の吐息にぼおっと目をやった時だ。
目前に、自分が住んでいる二階建て木造ボロアパートがあるのだが、二階へと続く階段の入口付近に人影らしきものがあった。
目を凝らしよく見てみるとそれは、
(女……?)
それはコートを着た若い女の姿だった。
煙草を片手に階段に腰掛けている。
(住民か?)
見かけない顔だと思いつつアパートに近付く。
街灯に照らされた女の顔がよく見える。
歳は二十代。
キツめの化粧に高そうなアクセサリー、一目見て水商売系だと分かる。
少し緊張した面持ちで軽く頭を下げ女の横を通り過ぎようとした時だった。
「お兄さん、煙草どうぞ」
「えっ……?あ、いや」
突然女に掛けられた声に戸惑っていると、女はそれを見透かした様に妖しい笑みを浮かべ、俺の返事も待たずに煙草を1本差し出してきた。
一度は躊躇したが、よく見ると良い女だし悪い気もしない。
照れ隠しに会釈しその煙草を手に取ると、女は慣れた手つきで煙草に火を付けてくれた。
(何だか妙な気分だな……)
何だか気恥ずかしくなり再び女に会釈すると、俺は足早に階段を登った。
(ここの住人だったら良いな……)
などと淡い期待を抱きつつ二階のエントランスに足を踏み入れた時だった。
「あっ」
寒さでかじかんだ指先かからさっき貰った煙草が零れ落ちたのだ。
しかも排水用の溝に。
落ちたばかりの煙草に、溝に溜まった水がじんわりと滲んでいくのが見える。
「あ~あ……」
諦めて部屋の前まで行きポケットから鍵を取り出す。
うまいね