母は未だに、弟が死んだとは思っていない。
あの時死んだのは俺だ。正確に言えば、存在ごと消えてなくなったかのように、母は俺のことを忘れた。
骨壷は20年前ここに押し込まれ、それ以来存在を抹消されている。
ピシャリと襖を閉めて、トーストにかぶりつく。
なんてことは無い、ただの日常。
「じゃあ、行ってくるから。待っててね、母さん。」
*
未だに、スーツ姿の自分は着せ替え人形のように思えた。
年下の上司の嫌味を聞き流しながら、画面を見つめる。
今朝みた骨壷がふと脳裏に蘇った。
弟が生きていたなら、この会社でも上手くやれたはずだ。あいつはなんでも器用にこなせた。俺とは違う。
あれから母にとっての弟の替え玉として、精一杯生きてきたが、そう簡単にはいかないものだ。あいつみたいには生きられなかった。
いつも通り、定時までの壮大な暇つぶしを終えて帰宅する。
あたりは少し薄暗くなっていて、いつもなら母が電気をつけている。だが今日は何故か家の中が薄暗い。
寝てしまったのだろうか。
寝てる母に悪い気がしつつも電気をつける。
そこでやっと気がついた。
いるはずの母が居間にいない。
朝準備した昼食も、一口も手をつけていない。
軽い動悸を抑えて見渡せば、今朝閉めたはずの仏間の襖が開け放たれていた。
「母さん、何して……」
「んあ?」
含んだ声を出して振り返った母の顔が、暗くてよく見えない。
しかし母は何か、居間からの明かりを反射するものを抱えている。
何かすぐにわかった。骨壷だ。
目が慣れて、顔を見ると、口いっぱいに”何か”を含んでいるのがわかった。
「アキ……」
フラッシュバックするあの日のこと。
考えるより先に体が動いていた。
























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