「人の名前です」
僕は聞いた。
「誰の名前でした?」
業者は、
僕の名前を言った。
僕は何も答えられなかった。
もちろん、
その名前を家に残した覚えはない。
母に書いてもらった記憶もない。
そして何より――
その文字が刻まれていた場所は、
僕が高校生の頃まで使っていた部屋の壁の裏側だった。
母と20年以上会わなかった。
だから、
母があの家で何を見ていたのか。
誰を家に入れていたのか。
その男が誰だったのか。
今となっては、
もう確かめることもできない。
僕は時々、
あの古い実家の間取りを思い出す。
廊下の突き当たり。
僕の知らなかった小さな収納。
そして、
その壁の向こう。
あそこに、
誰がいたのだろう。
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